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【スピッツ THE HISTORY 1987→ SSTV edition】17/12/23…奥田民生・桜井和寿・トータス松本

2017年12月23日(初回放送)
SPACE SHOWER TV
「スピッツ結成30周年特別企画
THE HISTORY 1987→ -SPACE SHOWER TV edition-」


【コメント出演】
あいみょん / 奥田民生 / 片岡健太(sumika)/ 喜多建介(ASIAN KUNG-FU GENERATION)/ 桜井和寿(Mr.Children)/ トータス松本(ウルフルズ)/ 秦 基博 / yui(FLOWER FLOWER)※五十音順

https://www.spaceshowertv.com/spitz/thehistory1987.html


※以下、奥田民生、桜井和寿、トータス松本のコメントを中心に抜粋



■ スピッツとの出会い

桜井和寿
「出会いはまだ僕らがデビューする前で。で もうけっこう、あの、まあプロになりたくて活動していて。渋谷のラママ、っていうところでライブをやってたんですけど。同じように僕も、アコースティックギターをボーカリストが持って、えーと…演奏するっていうスタイルの、えーと…バンドがあるっていう話を聞いて、ラママでやってるのとかを観に行って。で、曲も好きだったし、あの~その頃はまだ、テープだったかな、テープをライブハウスで売ってたんです。と思うけど、それも、買ったりしてたし。まあ、あの、ファンでしたね」

トータス松本
「なかなか接点はなかったんやけど、その、僕が当時あの~スペースシャワーでやってたその、『夕陽のドラゴン』っていう番組があって」
「やっぱりあの時スピッツがこう、入ってきて。1位とかにはならない、上位には行かへんねんけど、毎週毎週 5位6位辺りをずーっといるんよね。だからそれ…がまず最初の衝撃やね。おお来たーっていう。それはほんとにあの~これ僕 何回もよそでも言ってるけど 励みになった、なんか。おっ可能性が自分らにも見えてきたーみたいなね。そういう感じが凄いしたんよ。だからあの、プロモーションビデオのあの、パッと映った時のあの感じとかをめちゃ今でも、覚えてるけどね」

奥田民生
「んーと、まあ、デビューは、俺の方が早かったんですが。まあ、言ってみれば、なんつうんですかね、同世代、なもんで。まあ、先輩後輩っていう感じも、特にないし。正直ですね、どっかの、公園で、雑誌の撮影かなんかをしてた時に、遠くの方で、なんか団体が撮影してて。誰かが「あっスピッツだ」って言ったんですよ。えっ…?って。犬かと思ったんすよね(笑)はい。それはバンドだったっていう」




■ スピッツはライバル?

桜井和寿
「先に、デビューが決まったっていう話を聞いて、もの凄く焦ったし。デビュー前とかは、ほんとにその、スピッツが先にデビューしてるんでその デビュー…アルバムは、ほんとに、す…とんでもない数 聴いてると思います。今でも歌詞を、見なくても、あの 歌えるぐらい、ですね」
「僕らにないものをいっぱい持ってる、ですね。僕は、その…曲にしても歌にしても凄い暑苦しい部分が、凄い自分の中では、あの…やだなって思うところがあって。もうちょっとサラッと、あの…重くなく、暑くなく、歌えないもんかって思うようなことが、あって。そういう時にその、スピッツ、マサムネ君 を聴いたりすると、なんでこんなこう、力を抜いて歌えるんだろうっていうような」
「『ロビンソン』とかも普通に僕はカラオケで歌おうと思うけど、あんなに難しい曲はなくて」
「その頃のスピッツ はでも、あの…けっこう、時代に合わせにきたなっていう印象は音的にはあったけど。そうじゃなくても、スピッツってその、ずーっと続けてきた、あの音のままで、全然行けんのにって、思ってた、ですね」

トータス松本
「なんかこう番組の中でも「スピッツがんばれー」とか僕 言ってて、たぶん。で そういうのがこう、伝わったかなんかで、ウルフルズが『ガッツだぜ』を出すちょっと前の、えーと、それはタワーレコードやったかな?タワーレコードのなんか、あの、ちょっとイベントスペースみたいなところで、ライブっていうのがあって。お客さん入れてまあほんとに100とか200とかお客さん入れて。まあイベントスペースでライブやってたんやけど、そこに、シークレットで、えーと…田村君以外の3人が、飛び入りで来てくれて。一緒に『ガッツだぜ』を歌ってくれて。あれもちょっとビックリ、袖からワーッと草野君とかが出てきてね。ビックリしたね、嬉しかった あの時。そう。田村君は、なんか、競馬かなんかでいなかったっていう話やった、確か」
「世代もまあ近いし。え~拠点みたいな、ところがだから、まあ新宿ロフトとか。え~あの辺におったようなのも時代的にも近いし。何かとそういうちょっとこう、近いところに、いた。え~まあ、当時で言うと、なんていうかライバルというのかなぁ、ベタな言い方したら」

奥田民生
「あの~、歌のキーはね、僕も、こう見えて高い方なんですけど。そのレベルがまた違うんでね、そこが、勝手にライバル視をしていますけれども。まあそういう、ことは、あの 第三者はまるで思ってないだろうなと、そういうふうには思いますね」




■ フェイバリットソングを教えてください

トータス松本
「まあいい曲も好きな曲もたくさんあっていつも、なんか甘酸っぱいなぁと思っていいねんけど。やっぱりその『夕陽のドラゴン』の時の、『ロビンソン』の衝撃はやっぱりこう…まあ『ロビンソン』って言ったらベタになるんやけどね」
「ベタなんやけど、やっぱりあれが出てきた時のね、印象って凄かったんよねえ。こないだもバーッと車でちょっとスタジオに仕事で向かってた時に、ラジオで『ロビンソン』かかって。あまりにもこう、グーッときたから、ちょっと一回こう路駐して、草野君にメールを、「今『ロビンソン』かかってるよー!最高ー!」って打ったんです。ははは。打って、で もう一回こう戻ったんです。それぐらいちょっとなんか、グッとくるんよね、いつ聴いても。なんやろなぁ」

♪ロビンソン(1995)
アルバム『ハチミツ』収録

桜井和寿
「けっこう…悩みましたが、えーと、『魔女旅に出る』一番 聴いたかも」
「もの凄い曲が、いいというのもそうだし。でもそういうんでは、スピッツの曲どれも、あの、親しみやすいし、歌えるし なんだけど。あの、弦のアレンジ、が凄いいいんですね。だからあそこまでふんだんに、あの~弦を使うっていうのはスピッツの中でも、そんな多くはないんじゃないかなと思うんだけど。もの凄くいい、なんつうんでしょうね、テイクというか。…と思って聴いてるし、歌ってるし」

♪魔女旅に出る(1991)
アルバム『名前をつけてやる』収録

奥田民生
「そうだなぁ、『ハチミツ』かなぁ」
「あれはやっぱりなんか、イントロといい、Aメロといい、出だしがなんか、かっちょいいよね。普通の曲じゃないもんね。それは、ちょっとなんか、やりやがったな的なところを思いました」

♪ハチミツ(1995)
アルバム『ハチミツ』収録




■ スピッツの30周年

トータス松本
「いや~だからその~、そうやなぁ、笹塚のそのミュージアムで、会ってた頃とか新宿ロフトで噂を聞いてた頃に、自分らみたいなのがその30年も、25年も30年もその同じ、形態でこうねえ、活動を続けることになるなんてもう、全く想像なんかしてなかったから。スピッツが“30周年”ってなんかもう、自分らもまあ、長いことやってっけど、うーん、凄いな!と思うけどね。30周年とかそういう響きってなんかもう、北島三郎大先生みたいな、人のね、感じじゃないですか。子供の頃にうちのおふくろとかが、北島三郎さんの、芸能生活何十周年の、梅田コマ劇場、公演 観に行くねーん とかいうて言うてた。その要するに、自分らの仕事が何十周年みたいなことになるっていうのがもう、嘘みたいやね」

奥田民生
「そうですね。まあ30年、僕らもまあ、言ってみればそんな変わらないんで。あの~、元気で、みんなやっててほしいと、やっぱり正直思いますし。若々しいですもんね、スピッツ。僕はまあ、半分意識的だったかもしれないですけど、若々しさをその、逆にこう、捨ててきたところもあるんでね。あの~、まあ絵的にもね、スピッツそんなに変わってないですし。50年ぐらい、この、なんつうの、見た目のままでも行ってもらいたいみたいなとこもありますから。凄いあの、期待したいですよね、そういう点で」

桜井和寿
「未だに、自分たちは、フレッシュで、デビュー当時みたいな気持ちでいるんだけど。でも同じような感じで、スピッツも過ごしてるだろうし。あの~、同時に年を重ねるごとに、あの~、良くなっていく部分もあれば、あの~、そうじゃなくなってる部分も感じながら、やっていて。だからこそこう、なおさら30年やってるっていうこと…が、誇りにもなるだろうし。あの~、自分たちの、なんつうんでしょう、強みというか、そういうふうにも思ってるだろうし。だから同士っていう感じですかね。だから、いつまでも、いつまでもっていうか、スピッツが解散するとこも見たくないし、僕らも解散するところを見せたくないし」




■ スピッツにカメラを通じてお願いしたいこと

奥田民生
「こんにちは、奥田民生です。スピッツさん、30周年 おめでとうございます。いや またあの~、何かに呼んでいただいて、司会と打ち上げだけ行く、みたいなやつ、達成感が僕はありましたけどね。俺はやったと。何よりも疲れたし、ライブより。ぜひ、お願いします」

トータス松本
「え~おめでとうございます。先輩。一緒にイベントやりたいですね。お互いの曲 カバーしあったりとかね。なんかそういうベタなことしか思いつかへんな。あともういいかげん飯 一緒に食いに(笑)あははは。2人で飯食いに行こうよ、草野君。なんで食わへんねやろねえ、ほんま」
「そういえば 松本君ち 猫見に行きたいなぁとか言ってるけど、それも来てくれへんなぁ」

桜井和寿
「30周年、おめでとう、ございます。あの~、僕らも、あと追っかけてもうすぐ30…周年を迎えると思いますが。あの~、いつまでも、あの~、長く、でもただ長くやってるだけじゃなくて、え~、色濃く、情熱を持ち続けて、え~、音を鳴らし続けて。お互いに、そう在りたい、ですね、と思います」




■ リスペクトアーティストからのコメント

「スピッツの1stアルバム『ヒバリのこころ』のテスト盤を手渡されたのは1990年の年末の頃だったと思います。

私のパーソナル・オフィスとして1983年の春に設立した事務所、ロード・アンド・スカイの初の新人バンドのデビューアルバムということで、期待を胸に、帰宅してすぐに聴かせてもらいました。

そして、一度聴いてすぐに、そのサウンドの新鮮さ、楽曲の素晴らしさに驚き感心したのでした。

それからの数週間というもの、ずっとそのテスト盤を繰り返し聴いていました。その時期、個人的な用事で中国地方まで車を運転して行ったのですが、往き帰りの車中、エンドレスでリピートして聴いていて、同乗者にあきれられた記憶があります。

自分のオフィスの新人という思い入れも加わり、会う人会う人に「とにかく素晴らしいバンドなんだよ!」と勧めていました。

しかし、その後、ブレイクするまでの数年間、悪戦苦闘している彼らを心配しながら、遠くから見ていた時期もありました。そして、いつか必ず認められるだろうという確信と期待はありましたが、遂に『ロビンソン』で一気に上昇気流に乗って舞い上がっていく彼らの想像していたよりも遥かに大きな成功を見て、スタッフと共に大喜びしたものです。

あの頃も、そして今も、新しいアルバムがリリースされ、それを聴かせてもらうのをいつもいつも楽しみにしている浜田なのです」

2017/11/27 浜田省吾




■ スピッツを動物に例えると?

奥田民生
「これやっぱりNGワードはスピッツなんだろうなぁ。…『プードル』です!」

桜井和寿
「『猫』って、思いました」

あいみょん
「『猫』ですね」

秦 基博
「お猿さんですかね。ふふふ(笑)なんか4人の佇まいが、お『猿』さん」

喜多建介(ASIAN KUNG-FU GENERATION)
「4人それぞれというより全体的に、か『亀』みたいな印象がありますね。(笑)」

yui(FLOWER FLOWER)
「マサムネさんが、『アライグマ』」

片岡健太(sumika)
「田村さんは、『ビーバー』」

トータス松本
「崎山君はやっぱり、ムツゴロウ王国 ファンクラブに入ってたくらいやから、やっぱり『犬』好きやろねえ」

yui
「え~三輪さんが、『タモリ』さん」(!?)




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