suicide bambi

パンクロックからお笑いまで、気になることを気まぐれに。

2018年3月17日




エレカシのライブを見に行っていて、ヒロトの誕生日をすっかり忘れて過ごしていたけれど。何の問題もなく、今日もエレカシの曲とブルーハーツの曲がカッコいい。

誕生日なんてそんなもんだ。好きなミュージシャンの誕生日さえ毎年忘れてしまう。誕生日を祝うより、その瞬間、自分の心が求めるロックンロールに痺れていたい。



ブルーハーツのライブ映像を見て、初期のエレカシのライブ映像を見て。甲本ヒロトはゴキゲンな感じがして、宮本浩次はフキゲンな感じがして。「リンダリンダ」で観客が飛び跳ねて歓喜している一方、「おはよう こんにちは」で観客が着座で静止して見ている。ある意味、真逆のようにも思えるのに、どちらにも強烈に惹きつけられてしまう。

エレカシはバンドとして30年以上続いている。ヒロトとマーシーはバンドの形を変えながらも、やはり30年以上 共にしてやっている。

ブルーハーツの「TRAIN-TRAIN」はもうライブで聴けないが、エレカシの「ファイティングマン」は現役でライブで聴ける。ミッシェルの「世界の終わり」はもうライブで二度と聴けないが、エレカシの「悲しみの果て」はより深みを増してライブで聴ける。

これがどれだけ凄いことか。最近ずっとそんなことを考えていて、上手く言葉に出来ないでいる。


「お前が好きだったの、エレファントカシマシじゃなくて ミッシェルガンエレファントだったろ?」という、自分で自分にかけてしまった呪縛のような言葉が浮かぶ。

実際、過去に何度か「エレファントカシマシが好きなんだっけ?」と聞かれて、「いや、ミッシェルガンエレファントだよ」と答えたことがあるような気がする。

そんな自分が、今さらエレカシを好きになるという、今さらエレカシを好きだと言うことへの後ろめたさ。

しかし、エレカシの30周年はそんな自分のような浮遊した人間をも飲み込み、許容してくれるものだった。「気にするな、楽しんでくれ」と言ってくれているような1年だった。


クロマニヨンズの「流れ弾」のように、突然 胸に刺さる、撃ち抜かれる曲が今もある。エレカシの新曲「Easy Go」をライブで聴いて、その高揚感と熱が今もずっと続いている。

ヒロトとマーシーはバンドの形は変わっても、彼らのロックンロールは変わらない。エレカシはバンドとしての音を追求しながら、彼らのロックンロールは進化していく。

そんなエレカシの新曲のインタビューを読んで、それだけで熱くなっている。「Easy Go」はパンクっぽい曲だとは思ったが、まさかグリーンデイのイメージだったとは。


以前 ラジオで音楽のルーツの話になった時、ストーンズが好きで、クラッシュは聴いたけどあまりハマらなかったと、宮本浩次は話していた。なるほど、そこがヒロトとマーシーやミッシェルとの大きな違いなのではと思った。パンク方面には行かなかったのだろうと。

それが30年を経て、新曲はバンドとしてしっかり鳴らせる曲にしたい、ドラマの主題歌として恥ずかしいものには出来ない、ということで思い浮かんだのがグリーンデイだった…というのに驚いた。

グリーンデイに対する印象は、本当のパンクなんだろうけどちゃんと商売にしている、あのあざとさがカッコいい。ベスト盤を聴いてみたら、やたら演奏が上手くて、聴きやすくて、クールだったと。

「Easy Go」はちゃんとしたメロディーがあり、3コードだけで、その上で叫んでいる。絶叫だけじゃなくて、計算されたサウンドとして聴かせたい、という気持ちが常にあるらしい。

そこで、今までちゃんと聴いてこなかったグリーンデイを参考にするという(凄すぎて参考にならなかったとも話していた)探究心、挑戦心が凄い。

宮本浩次は商業的に成功している人気バンドにライバル心をむき出しにするが、同時に他のバンドを研究し、学ぶ姿勢も持ち合わせているように見える。ロックバンドでありながらその胸の内を曝すことに驚かされ、天才と評されながら留まることのないその情熱に感動してしまう。

敵を知らずして勝利出来ないということか。エレカシはなぜいつも戦っているのか。何と戦っているのか。なぜ勝ち負けにこだわるのか。戦いから逃れて逃れて生きてきた果てに、なぜ自分が辿り着いたのがエレカシの音楽だったのか。


自分の中にあるパンク好きの心が叫ぶ。

このタイミングで新曲がパンクだと!
俺の心を掴んで離さない気か!
2018年もエレカシに夢中にさせられてしまうのか!
まだまだ生きろと言うのか!

このタイミングでZeppツアーをやるだと!
こんな最高に心踊らされる曲、
スタンディングで聴きたいに決まってるだろ!
てんでチケットが取れる気がしねえよ!

このタイミングでフジロック初出演だと!
もうフジロックに行く気力も余裕もねえけど
苗場の景色を見たくなっちゃうじゃねえか!
なんだこの居ても立ってもいられない感じは!

そんなことを、今日も布団に潜って考えている。


雑誌、MUSICAのインタビューには「Easy Go」の歌詞が全文載っていて、エレカシのど真ん中が歌われている。ドラマの主題歌ということで、メッセージソングにしようという強い思いがあったらしい。

エレカシらしい力強い詞が並ぶ中、
「おまえのハートにこの世界中のあらゆる輝き届けるぜ」
という、どストレートな言葉にどストレートにやられてしまった。

2017年に改めてエレカシにハマって過去の曲を色々と聴いたが、今までエレカシのどの曲も自分に向けられているとは思えなかった。前向きな歌ほど、力強い言葉ほど、大して頑張っていない自分みたいな者が安易に救われてはいけない…と思って、心をすり抜けていった。

いつも、ただただ聴くことだけ、許されている気がした。ただただ映像で見ることだけ、許されている気がした。

なかなかライブを見られる機会もなく、エレカシはいつも向こう側だった。ただ、音楽と思いは着実に、こちら側に届いていた。

契約が切れてしまった時期、どうやったらみんなに歌が届くかと思って布団の中で必死になって書いたという「四月の風」は、遅ればせながら、2017年にここに届きました…と伝えたい。

そして2018年の春、ライブで「四月の風」を歌い男泣きする姿を、微笑ましく眺めながら全身で聴いた。幸福感に包まれていた。もらい泣きもしなかった。

なぜならこの曲は出会いの歌だから。何かが起こりそうな気がする、はじまりの歌だから。


ライブに行って初めて、地続きな感じがした。同じ空間にいて同じ空気を吸えて嬉しい!なんてロマンチックなものでもなく、もっとドッシリとした実感があった。

ライブ映像を見ていると疎外感を感じるくらい、「エビバデ!」と言っているのを見るたびによそ者感を感じて引いてしまうくらい、エレカシは目の前の観客に向けて演奏している。どのバンドのライブもそうだろうとは思うが、エレカシはそれがとても強い。

さいたまスーパーアリーナで聴いた
「奴隷天国」
「今はここが真ん中さ!」
「笑顔の未来へ」
「桜の花、舞い上がる道を」
「友達がいるのさ」
「ファイティングマン」

幾度となくライブ映像で見てきたその中に自分がいる感覚が不思議であり、何より嬉しかった。桜吹雪を浴びながら、ステージや花道を駆け回りながら歌う宮本浩次の姿は、凄まじく格好良く、見惚れるほどに美しい。


エレカシのライブは、普通の人たちが懸命に拳を振り上げているのがいい。クロマニヨンズやハイスタのライブで、わかりやすくパンクロック臭のする人たちに紛れてモッシュをしていたらあまり見ることのない世界だった。

モッシュの中で夢中で飛び跳ねていると、理屈を超えた純粋さや自意識から解放されたこの上ない自由を感じるが、スタンド席からエレカシにロックに熱狂する普通の人たちの姿を見ていると、音楽との向き合い方として素晴らしく健全で素敵な光景に思えた。

エレカシにはいつも理屈や理由や意味が、付きまとっているように思っていた。ヒロトとマーシーはいつも理屈を超えた所で、理由や意味を吹き飛ばしている気がした。

でも「ガストロンジャー」をライブで聴いて、物凄いエネルギーとメッセージの曲を体感して、サビの「OH!」で拳を上げる衝動、一体感のようなものは理屈じゃないと思った。

理由や意味を考えて、少しはわかったような気になっていた薄っぺらい頭など、轟音と共に軽く吹っ飛ばされてしまった。

「ガストロンジャー」は、ライブで完成される曲なのではないか。

ライブで聴くと楽しい、ライブで聴いてこその曲というのはどのバンドにもあるとは思うが、ライブで曲が完成するという感覚はあまり他では感じたことがない。

そもそもこれが完成形かどうかもわからない。まだまだ進化していくのかもしれないし、更新していくのかもしれない。そういう意味では、エレカシも30年の中で形を変えていっているのだろう。


「ガストロンジャー」や「RAINBOW」は、ブラックホールみたいな曲だと思う。圧倒的な力で引き込まれ、飲み込まれる曲だ。

「Easy Go」は“ガストロンジャー級”のインパクトだとロッキンオンには書かれていたが、自分の中での印象はちょっと違った。MUSICAのインタビューで言われていた“新ファイティングマン感”の方が頷ける。

「ガストロンジャー」は陰な感じで
「Easy Go」は陽な感じだ。

「ガストロンジャー」がブラックホールだとしたら
「Easy Go」は新しい惑星が誕生したかのようだ。

つまりエレカシは
自分にとって 宇宙 のようだ。

聴けば聴くほど、知れば知るほど
発見もあれば、わからないことも増えていく。

自分が見ている、理解しているのは
おそらくごく一部分に過ぎない。
全てを理解するのは無理だろう。

しかし、宇宙の全てを理解出来なくても
月や星や空を見上げて美しいと思う
その心に偽りはない。

その宇宙は、衝突と爆発を繰り返し
今尚、膨張している。拡大している。

ブラックホールを内包しているのだ。
新たな惑星が誕生し続けているのだ。

そこにロマンがあるのか。
そこに希望があるのか。
そこに光があるのか。

自分は何を言っているのか…
思考と言葉が止まらなくて 今

それが宇宙だ。
それが自分にとってのエレカシだ。
それがロックンロールだ!!!!





Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://suicidebambi.blog44.fc2.com/tb.php/1029-c0bb070e