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● [ 芸人都市伝説4 ] ・・・ハローバイバイ・関氏が語る、新千円札に隠された秘密。 【 やりすぎコージー 】 2006年12月2日放送 「ウソかホントかわからない 芸人都市伝説4」
今回は、今田さん曰く「なんかNHKの番組みたいやな・・・外国人にあえて日本のことを語らすみたいな」といった感じで、ラリア(オーストラリア)出身の吉本芸人・
ジパング上陸作戦のチャドが妙に達者な日本語で語った都市伝説を紹介します。ちなみに、色の変えて書いてある所は番組内のやりとり要素なので、サックリ読みたい人はスルーして読んで下さい。あと、今回の都市伝説に関わってくる歴史的・地理的な知識が個人的にぼんやりしているので、困った時のWikipedaがちょこちょこ貼ってあったりします。これを機に一緒に勉強していきましょう(笑)
* 以下に書いたものは、番組内で語られていた都市伝説をまとめたもので、真偽のほどは定かではありません。誰かに話す際には必ず、「本当か嘘かわからないんだけどさ・・・」を付け加えて下さい。
■ ニューヨークを作ったのは日本人だった (語り部 : ジパング上陸作戦・チャド)
まず、初めてニューヨークを訪れる大阪の人は、絶対に道に迷わないという。それにはれっきとした理由があり、話は家康の時代にまで遡る。
その頃日本では・・・と語り出すチャドに「お前に日本のこと、言われたないわ」と東野さんが一言(笑) 大阪城を手に入れた
家康は江戸に戻ってくる時に、何人かの
旗本と呼ばれる人達を大阪から連れて帰ってきた。
ちなみに旗本というのは家康の直属の・・・と、旗本についての説明し出したチャドは「(お前に言われなくても)わかってるわ!」と再びツッコまれ、先行き不安な感じで話はスタート。
ちょうど同じ頃1600年辺りに、オランダが
ニューヨークを先住民達から買い取っていた。実は、家康はオランダのパイロットである
ウィリアム・アダムスと知り合いで、その人がオランダに「日本に凄い奴がいる」と伝えたことから、ニューヨークの街づくりを任そうということになったらしい。そこで、自ら行くわけには行かなかった家康は一人の旗本を送り込むことにした。その時、街づくりを任された旗本というのが大阪の人で、彼はニューヨークの基盤を作った。そして、今もその旗本の子孫がニューヨークの街づくりを代々受け継ぐことになっており、大阪にもまだ子孫が残っているため、現在でも影でニューヨークと大阪を動かしている・・・とのこと。
彼は自分の気に入ってた故郷の大阪の街をベースにして、ニューヨークの街を作った。というのも、大阪もニューヨークもどちらも二つに別れた大きな川に挟まれている。大和川と淀川、ハドソン川とイーストリバーといった具合に。
ちなみに“イーストリバー”の発音だけ妙に良いチャド。出演者が一斉に「んっ?」と引っかかり、話の流れが一瞬止まる(笑) どちらも全ての道が東西南北にきれいになっていて、
大阪はわかりやすく縦の道が全部「筋」で、横が「通り」に、
アメリカも迷わないように「ストリート」と「アベニュー」に別れている。
(参考までに、それぞれ二つの大きな川に挟まれている様子の地図)
→ Yahoo!地図情報 - 大阪府大阪市の周辺地図→ New York - Google マップまた、野球というものを通して考えると、日本で熱狂的なファンがいる球団といえば
阪神だが、アメリカでも一番熱狂的なファンを持っているのはニューヨークの
ヤンキースである。そして、どちらも街から少し離れた所に大きい球場があり、共に屋根のないスタジアムにこだわった(?)つくりになっていて、客席(キャパ)がおよそ5万5千人である。
「それは裏でさっき言うてた日本人が糸引いてんねや?」と言う今田さんに、「そうです。ことわざであるように、イーブン、ジャック、リバー・・・」と急に英語でペラペラとしゃべり出すチャド、「全然わからへん!また赤鬼に出てきたー」と東野さん(笑)ちなみに訳すと、「おばあちゃんのマーマレードは切り裂きジャックでも手を出さない」という意味になるらしく、今回の話には全然関係のないラリア(オーストラリアの)ことわざのようでした。その後、「日本のことわざ言えや!どこの家にもマーマレードないわ。おばあちゃんのぬか漬けにせい、ぬか漬けに!」とツッコむ今田さんをしりめに、「ほんでもってまあ・・・」と再びしゃべり始めようとするチャドでしたが、その出だし口調と見た目とのギャップがありすぎで一同爆笑。話を戻すと、ニューヨークも大阪も街を歩くスピードがとんでもない速さで、チャド曰く「ニューヨーカーが世界一、大阪人が世界二」だという。そして、ニューヨークでは道を信号無視して渡ることを“Jウォーク”というらしい。
何の“J”なんだ?という疑問に、すかさず「JAPAN」だろ?と答えた東野さんは、チャドから「Nice Shot!」を頂いてました(笑) 圧倒的な証拠はまだあり、今でこそ
大阪は24区に別れてるが元々は東西南北の4つだった。ニューヨークも4つの区に別れていた所がやがて5つになった。その5つ目が
マンハッタンという所で、実はその家康が送り込んだ大阪人の名字が「ハタ」さんであった。彼は周りからずっと「ハッタン」と呼ばれていた。そう、ニューヨークをつくった偉大なる男、「マン、ハッタン」であると・・・。