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パンクロックからお笑いまで、気になることを気まぐれに。

【爆笑問題の日曜サンデー】09/5/10・5/17…「忌野清志郎」の話

1つ目は、太田さんが雑誌の連載で「選挙なんか行かなくていい」と書いた所、それを読んで怒っているらしい清志郎さんに呼び出されて、ほら貝を吹きながら「そんなこと言っちゃいか~ん!」と言われたという話。

2つ目は、清志郎さんの曲のランキングを紹介しながら、大の清志郎ファンだという元キリングセンスのハギさんと共に、思い出や曲について語っていく企画。闘病中だったハギさんが、雑誌連載の縁で清志郎さんからメッセージをもらって勇気付けられた話など。




2009年5月10日 TBSラジオ
「爆笑問題の日曜サンデー」

太田 「僕がね、その~1回『TV Bros』っていう連載やってて。で、そこで清志郎さんもやってて。で、僕がそこで何年か前に、「選挙なんか行くな」って書いたんですよ。「選挙なんかもうあんなもんは興味ない奴は行かなくていい」と。で、「投票率なんか低くたっていいんだ」って書いたら、清志郎さんがそれを読んで怒ってると…言われて、呼び出されてね。ほいで、俺 怒られるのかなぁと思って行ったら、ほら貝…ね。ほら貝吹くんですよ、あの人。ほら貝吹きながら」
(笑)
太田 「店で待ってたんです、僕は。ドキドキしながらね。怒られんだろうなぁって思って。したら、ポワ~ッとかいって登場して、「けしから~ん!」とか言って。「そんなこと言っちゃいか~ん!」なんつって。もう照れ屋だから、あの人は。だから、「君みたいに影響力がある人はそんなこと言っちゃいかん!ちゃんと選挙は行かなきゃいかん!そういうこと若者に言わなきゃいかん!」って、言うわけですよ。「いや、でも清志郎さん…」 俺 笑っちゃったんだけど、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて、「RCの歌の方が世の中に影響強いんですよ」と。「政治家なんかなんでもないじゃないですか!『トランジスタ・ラジオ』の世の中に与えた影響の方が凄いじゃないですか!」つって、言ったわけ。したら清志郎さんは、それを「うん、うん」って聞いてくれるんですよ。「でも、甘い!」って言うわけですよ。「ダメだ!そんなこと言ってちゃダメだ。君はそんなこと言っちゃいか~ん!」つって。で、その後はもうずーっとあの~要するに、歌の話だとかなんとか楽しい話して。で、今から考えるとね、もうやっぱりね、清志郎さんのあの優しさと、大人…だったんですよね。俺なんかはそこで、清志郎をギャフンと言わして、いい気になってたわけですよ。だけど清志郎さんにしてみれば、そういうね、影響力がある自分や君が、ちゃんと言わなきゃダメなんだよってことを、言いたかったんだろうなと思うんだけど。そこで俺を言い負かすことなんかは全然考えてないんだよね、あの人は」
田中 「大人なんだな」
太田 「だから、凄く照れてね、優しくて」
友近 「なんかふとした表情にそれ出てますよね、人の良さが」
田中 「そう。ほんともう恥ずかしそうなんですよ。で、そのね、前 ラジオに来てくれた時も、『トランジスタ・ラジオ』をギターで、生で演奏してくれて」
太田 「汗だくでね」
田中 「ビッショリですよ。こんな緊張してんだって思っちゃうくらい、汗だくで」
太田 「嬉しかったですねえ」
田中 「あれは貴重ですよね、ほんと今から考えるとね」




2009年5月17日 TBSラジオ
「爆笑問題の日曜サンデー 」

■ サンデー・カラオケベスト10

友近 「このコーナーはテーマ別、条件別のカラオケランキングを、曲と共に紹介します。データは通信カラオケDAMの第一興商さんに出して頂いてます。の今週のテーマは、先日お亡くなりになった忌野清志郎さんの追悼企画ということで、清志郎さんの曲ベスト10をお送りしたいと思います。この1ヶ月で歌われたRCサクセション、タイマーズなど、忌野清志郎さんの曲のカラオケランキングを紹介していきますが…ここで今日は、清志郎さんと深い関わりがあったという、タイタン所属の元キリングセンスのハギワラマサヒトさんに来て頂きました」
太田 「なんだよ~。坂本龍一とかじゃなかったの?」
田中 「まあまあ、坂本龍一さんだったらそれを前面にこの番組に押し出すしね。誰なの?誰だよ(笑)」
ハギ 「あっどうもこんにちは~」
太田 「タイタンの坂本龍一と言われてる」
田中 「言われてないでしょ」
ハギ 「タイタンのカラオケのRCの、私は担当だった」
田中 「カラオケ行くと、もう全部ほとんど」
ハギ 「もうRCはもう僕!ということで。まあタイタンでカラオケ行った時の…ということで、今日は呼ばれたと。なんだかよくわからないんですが、まあ特別ゲストですよ」
太田 「この人、普通にしゃべれませんから」
友近 「よろしくお願いします」
ハギ 「どうもハギワラです。よろしくです」
太田 「ハギはRCはもう大ファンなんでしょ?」
ハギ 「もうRCはね、ずーっと学生時代からもうずーっと。まあ解散してから清志郎さんになっても」
太田 「学生時代っていうと高校?」
ハギ 「中学から高校からね。もうずーっとファンでした」
田中 「30年ぐらいずーっとね、聴いてるわけですけど」
ハギ 「そうですね」
田中 「どうでした?こないだ、清志郎さんの訃報を聞いた時っていうのはどう思ったの?」
ハギ 「いや~ねえ、お袋の電話で聞いたんですよ。お袋がもう僕がファンだっていうのをよく知ってるから、ニュースの速報で流れた瞬間、僕はね、テレビ…ゲームやってたんですよ。オンラインゲームで。敵と戦ってたんですよ。そこ急に!母親から電話かかってきて、「なんだよ!忙しいのに~。何?忙しいんだよ。戦ってんだよ、こっちは~!」みたいな」
田中 「ゲームだろうがよ」
ハギ 「「大変だよ!清志郎が亡くなったよ」って。で、ほら病気だったのは知ってるから、「マジかよ~!」 で、戦ってる途中チャットで仲間に「ごめん、ちょっと今 ゲームが出来る状況じゃないんだ」つって、ゲームやめて。ニュース見たら、普通の、テレビやってんですよね。あの忌野清志郎が亡くなったというのに、その…」
太田 「特番にならな」
ハギ 「特番にならなかったからね。で、パッてニュースをとにかく回しても、土曜だからあんまニュースやってないんですよ。で、ネット見たら、ネットでもそれ…出てたから、これマジだ!と。もうそっからずーっと、あれですね、何も手がつかないというか。まあずっとRCを流して、でテレビで流して、映像流して、CDで曲かけての状態で」
太田 「このハギ君 つうのはね、まあ知ってる人もいると思うんですけど、肝臓・腎臓同時移植っていうのをね。何年前ですか?」
ハギ 「10年前ですねえ」
太田 「10年前ですか。まあ最初、肝臓悪くして。で、まあほとんど死にかけてたんですよね」
田中 「余命半年って」
太田 「余命半年と言われて。で、アメリカ行って移植して無事成功して、ギリギリ成功して帰ってきたんですけど。清志郎さんとはね、その時に実は」
ハギ 「そうなんですよ。あのね、清志郎さんっていうのも昔ね、凄く肝臓悪くして、でもう治らないってお医者さんに宣告されたことがあったんですよ。でそれをね、本人は、漢方で治したんですよ。それを本に自分で書いてたりとかもしたから、それ知っててね。で僕ね、清志郎さんとその『TV Bros』っていう雑誌で、連載を一緒にやってたんですよ」
太田 「一緒にっていうか、それぞれの連載ね」
ハギ 「それぞれの連載、もちろん。で、担当が一緒だったんですよ。僕の担当と清志郎さんの担当が。それで清志郎さんにまあ…そんなの無視されるのは当然だけども、ちょっと聞いて下さいと。あの~「漢方で治したっていうのを本で読んだけど、どこのですか?」って言ったら、わざわざ返事をくれて。当時 横浜にいた漢方の先生がいると。これ名医なんだけど、残念ながら今は亡くなられてると。ただ、「君が良ければ、今 僕がもらってる漢方医を紹介するよ」って言ってくれたんですよ」
太田 「あの清志郎さんがねえ」
ハギ 「そう。もうそれだけでも充分。もういいや、俺 死んでもと。もう清志郎にそんな言葉をもらえたってこと…。で、そんなこんなしてる時に結局 僕は、移植でね、アメリカに行ったんですよ。で、アメリカで移植をして。またね、移植を待ってる時間ってすっごい辛いんですよ。もういつ死ぬかわからない状態が、日一日とね」
太田 「僕はもう諦めてましたから、日本で」
ハギ 「(笑) そんな中でね、こんな冷たい人もいる中で…ある日、小包が届いたんですよ。で、それをパッて開けたらね、清志郎さんから直筆のメッセージですよ。これ誰もお願いしてないですよ。つったらもう「ハギ、頑張れ!」つって。「俺も克服したんだ。気持ちを強く持って。諦めるな。 忌野清志郎」つって」
田中 「おお、凄いね」
ハギ 「で、当時 発売中止になりかけてた『冬の十字架』っていうね」
田中 「あ~はいはい。あれね、CD」
ハギ 「これはあの~パンクの『君が代』が入ってるやつ…を入れて、それをもうずーっと『君が代』をああ~って聴きながら。もうそれで、こう色紙を飾ってね、闘病して、っていうのはありますよ。それで帰ってきた時に、たまたま『Bros』主催のライブがあったんですよ」
田中 「これ『TV Bros』っていう我々も連載してますけどね。清志郎さんも連載してまして」
ハギ 「そうですね。『TV Bros』の。そん時に、清志郎さんが出てたんで、僕はもう見に行ったんです。そしたら、まあ終わって帰ろうと思ったら関係者の方が、「もし良かったらお会いしますか?」って言ってくれたんですよ。「いや~、いいですよ…」」
田中 「まあ、まあねえ。まあわかる」
ハギ 「「いや~そんな恐れ多いし…」つったら、「いや、いいですから~」つって、「ちょっと待って下さい」と。で楽屋の前に行って、オレンジ号が置いてあって、その前で待ってたら、着替えを終えた清志郎さんが「どうぞ~」つって入ってったら、もうね、オーラがないっていうか、すっごく優しい…感じ、会ったことあるからわかると思うんですけど。その~舞台とまたちょっと違う雰囲気なんですよね」
田中 「あ~わかる、わかる」
ハギ 「凄く優しいの。ほんと友達に会ったみたいに、「お~、大丈夫だった~?」みたいな感じですよ。で、「良かったね~」つって、「良かったじゃ~ん」って。こっちは緊張してしゃべれないから、もうとにかく傷見せようと思って(笑) その場で裸になって、「これが傷なんですよ」つって。それでまあ握手して、「もう頑張れよ」みたいな感じで。まあ直接会って、そこでまたお礼も…お礼言えてね」
田中 「良かったね。言えただけでも良かったよね」
ハギ 「そう。だからファンとしてはほんと、あそこで「ええ~~!」つって、断らなくてほんと良かったと思った。やっぱ会って良かった」
太田 「で、復活ライブも行ったんだよな」
ハギ 「復活ライブも行きましたよ」
太田 「「感動した~」って話してたもんな」
ハギ 「そうそう。ラジオにね、前出た時にもいましたけど。ほんと清志郎さんってどこまで自分の素を出しちゃうんだろうかっていう。芸人みたいな所があって、隠さないんですよね。で歌詞なんか、あの~例えば『ぼくとあの娘』っていう曲があって、「あの娘はズベ公で 僕はみなしごさ」っていう歌詞があって。で、それでそこは、清志郎さんって自分のお母さんって早くに亡くしてるんですよね。だから、その~そのことを歌うのってもの凄い勇気がいったって歌詞に、インタビューで言ってるんですよ。この曲を初めて舞台で言う時に、もの凄く自分のことを言うのって恥ずかしいんだと。だけど、いいんだと。自分の全てをどこまで俺はさらけ出せばいいんだ、自分をさらけ出すことがミュージシャンなんだっていうのをね、自分で思ってるんですよね。だから、復活ライブの時も、その…いきなり闘病中の坊主頭ですよ。そんなの見せたくないでしょ。それが一枚ずつ坊主頭が折り重なっていって、どんどん毛が生えてきて、そして、いつもの清志郎のツンツンヘアーになって飛び出してく…っていう演出だったんですよ。普通 隠したくなる所なんだけども、そこでみんないつもの清志郎が帰って完全復活したぜ!っていうライブだったんですよね」
太田 「だからそういうやっぱり強さっていうか、表現っていうのは全部そうやってさらけ出すっていう所はね、清志郎さんにはあったよね。でそれがやっぱり、最後までガンのこともちょっと「このブルース楽しみます」みたいな、カッコ良かったじゃないですか。全部そうやってあの~人に勇気を与える方向に転換していくっていうのは、やっぱり凄かったですよね、あの人はね。それに対してハギワラっていうのは、せっかく…清志郎さん亡くなってさ、お前が生き残ってんのはなんなんだと思うね」
ハギ 「ほんとですよね(笑)」
太田 「何にもやる気もなくてさ、ダメな生活いまだにしててさ、ちょっとお前…何とかしろよっていう」
ハギ 「いや~ほんとね、あの~俺が代わってやりたかったですね」
太田 「だろ?」
ハギ 「うん」
田中 「(笑)」
ハギ 「なんで俺が」
太田 「お前、葬式は行ったんだろ?」
ハギ 「葬式 行きましたよ。それもほんとロックのね、ショーですよ。あの~僕らはその『Bros』の人と一緒に行ったんで、関係者の所に行ってきて…こっちに一般の方がね、もうね、ステージみたく組んであるんですよ。「忌野清志郎 葬儀式」って。そこにファンがダーーッといて。で、その場で清志郎の曲が流れてるんだけど、その式 始まった瞬間に『ロックンロール・ショー』っていう曲が、まさにコンサートの始まりのように大音響でダーン!と流れて、もうみんな「ワ~~~!キヨシロ~~~!」みたいな」
太田 「だからさ、それをお前は生きてんだから、その意志を次がなきゃダメなんだよ」
ハギ 「まあね」
太田 「まあねじゃねえよ」
(笑)
太田 「ダメな奴だよ…ダメな奴だ!」
田中 「さあとにかくそれだけ思い入れのあるハギワラとですね、一緒にちょっとランキングを発表していきたいと思います」
太田 「何を学んだんだよ!お前は、清志郎から」
友近 「それではまず10位か6位まで続けてお聞き下さい、どうぞ」


第10位 RCサクセション/キモチE
「『ボスしけてるぜ』のカップリング曲です」

第9位 忌野清志郎と坂本龍一/い・け・な・いルージュマジック
「プロモーションビデオの中の忌野清志郎さんと坂本龍一さんのキスシーンが話題になりました」

第8位 RCサクセション/僕の好きな先生
「この曲のモデルになったのは、清志郎さんの高校時代の担任の先生だったとか」

第7位 RCサクセション/上を向いて歩こう
「坂本九さんの名曲を大胆にアレンジした一曲です」

第6位 忌野清志郎/パパの歌
「清志郎さん本人も出演した清水建設のCMソングです」

田中 「なるほど」
ハギ 「やっぱねえ、清志郎さんの活動を振り返るという意味では、非常にバラエティに富んでる曲だなぁと思いますね」
田中 「順位的にこれ意外だなとか、これランキング入ったんだ、カラオケで歌うんだとかってのある?」
ハギ 「いや、だからわりとやっぱりメジャー曲ですよねえ。で、面白いのはその~『僕の好きな先生』なんつうのはほんとに初期のRCで、フォークだったって言われる時代があって、3人編成の。で、そっからその10位に入ってる『キモチE』みたいな、こういうすっごく激しいロックなナンバーっていうのがあって。で、清志郎さんっていうのは、決して順風満帆な…じゃなかったんですよ。ほんと全く売れない時期があって、例えば『僕の好きな先生』はまあわりとヒットしたんだけど、これ72年でしょ。で次の『キモチE』っていうのは、これ『ラプソディー』っていうすっごくターニングポイントになったアルバムの中の曲なんだけど、その頃の曲なんだけど。これは売れなかった時にね、清志郎さんが奥さんの石井さんっていう人と付き合った時に、もう会ってすぐに「結婚してください」って言ったんですよ。で、凄くしつこく「付き合ってくれ、付き合ってくれ」って言った時に、親が怒鳴り…お父さんが怒鳴り込んで来て、「お前みたいなな、どこの馬の骨かもわからん奴に娘はやれん!」と、怒ったわけですよ。売れない、食えない、金がない、バンドマン。そこで清志郎は、売れなきゃいけない!と。何やっても…とにかく今までの清志郎って売れなくなってから難しい方向に音楽性が行っていて、それじゃいけない つってわかりやすいロックを作り出したんですよ」
田中 「それが『ラプソディー』?」
ハギ 「それがその『キモチE』とか、あと『上を向いて歩こう』 これ坂本九さんの往年のヒットナンバーじゃないですか。アメリカビルボードでも1位になった、坂本九さんのね。ヨーロッパでも出ましたよ、『上を向いて歩こう』は。『忘れえぬ芸者ベイビー』っていう名前で。そういうやっぱあの~メジャーな曲でも、もっとわかりやすいロックやってこう!っていうのがこの辺の曲ですよねえ」
田中 「なるほどね」
太田 「『キモチE』ってこれ沖田浩之の」
田中 「『E気持』?」
太田 「『E気持』とどっちが先なの?」
田中 「いや、こっちの方が古いですね。『キモチE』はこれは80年?」
ハギ 「80年だけど、77~78年には出来てる…と思いますね」
太田 「ハギは最初 何から入ったの?RCは」
ハギ 「僕はね、中学の時だから『い・け・な・いルージュマジック』が最初なんですよ、実は。最初に見たのは」
太田 「カッコ良かったな~!これなぁ、『い・け・な・いルージュマジック』 最高だったよな?」
ハギ 「はい。何者だ!?って思いましたよね。あの~この登場で。で、この「い・け・な・い」っていうのが実はね、これCMソングだったけど、最初にあったそのCMのキーワードは「ルージュマジック」だけだったんですよ。そこに清志郎が「い・け・な・い」を足したんですよ。したら、その上の人たちは…いけないって否定じゃないですか。それはダメだと。だけど清志郎は「何言ってんだよ。そのいけなさがいいんじゃないか」と。で、清志郎が足したこの」
田中 「確かに「ルージュマジック」だけだと全然違うもんねえ」
太田 「当時またねえ、YMOのあの坂本龍一とRCがねえ」
田中 「そう。うわ~このコラボ…いわゆるコラボなんていう言葉はないけど、このコラボ~!?みたいな」
太田 「衝撃的だったよねえ」
田中 「しかも『ベストテン』に出た時にね、鼻くそずっとほじくってんだよ。清志郎さんが…(笑) あれは笑ったけどね」
太田 「『ひょうきん族』にも出てたね」
田中 「うん、出てたね」
友近 「さあ、10位から6位まで発表していきましたので、続いて行きましょう。続きまして5位を、これをちょっと1曲ずつ聴いていきたいと思います」


第5位 RCサクセション/サン・トワ・マ・ミー

田中 「これはもうハギは特に」
ハギ 「はい。あの~太田監督のね、『バカヤロー!』っていう映画がありましたけど、そのエンディングのね、最初 オムニバス盤で、最後の最後のエンディングですよね」
田中 「まあ『バカヤロー!』シリーズは全部そうなんですよね」
太田 「主題歌で」
ハギ 「これね、『COVERS』っていうアルバムに入ってる曲なんですけど。『COVERS』って色んなね、往年のその洋楽のスタンダードナンバーをカバーしているんだけど、ぜひね、これアルバムとして聴いて頂きたいですね。あの話題なった、発売中止騒動。東芝のEMIから本来発売されるはずだった」
太田 「原爆ね」
ハギ 「そうなんです。発売されるはずだったんだけど…あれですよ、新聞広告に「素晴らしすぎて発売できません」って出たんですよ。「上記の作品は、素晴らしすぎて発売できません」って。ほんとね、清志郎の言葉のセンスが」
太田 「清志郎さんはでもねえ、問題意識はもの凄く持ってたね。で、真面目なんだよねえ。ほんとに」


第4位 RCサクセション/トランジスタ・ラジオ

太田 「見事な歌ですよねえ。これ大好き」
ハギ 「これはねえ、なんで大ヒットしなかったのかが不思議ですよね。発売当初」
田中 「まあでもねえ、そうなんだけど、いわゆる俺らの世代にとってはこれもう大ヒットですよ」
太田 「大ヒットですよ」
田中 「あの~なんつうの、レコード売り上げみたいなことじゃなく。未だにやっぱりみんな聴くし」
ハギ 「まあね、そういった意味では、歴史に残る名曲になってますけどもねえ」
太田 「これ目の前で歌ってもらったね」
田中 「ねえ」
ハギ 「あっほんと」
田中 「お前カセット」
ハギ 「はもらったけど、スタジオに行きたかったですけどねえ。ほんとに」
田中 「まあねえ。しょうがないよ、お前アメリカにいたんだから」
ハギ 「そうなんですけどね」
田中 「その~アメリカ行った時に、我々 ちょうど番組に…まあこの前も話したんだけど、ゲストで清志郎さん来てくれて。で、太田と田中のリクエストでそれぞれ生で聴きたい歌をリクエストして、チンチロリンってね、サイコロでゲームやって俺が勝ったので、俺のリクエストが『トランジスタ・ラジオ』だったんですよ。で、『トランジスタ・ラジオ』をギターで」
ハギ 「これハモリたかったなぁ~!」
田中 「いや、ハモってもらっちゃ困るよ(笑)」
ハギ 「俺、CHABOやりたかったよ~。これは」
田中 「汗びっしょりで!」
太田 「カッコ良かったねえ」
田中 「ほんとカッコ良かった。感動しましたよ」
ハギ 「そんなのさぁ、家宝だよ。もし俺がいて、ね。一緒に歌ってCHABOのフリしてさ、フ~ッフ~♪フフ~ッフ~♪」
田中 「お前うるせえ(笑)」
ハギ 「ってやった日にはさぁ、これもういつ死んでも…俺アメリカから戻ってくりゃ良かったと思うもん、ほんとに」
田中 「戻ってきたら死んでたからね」


第3位 RCサクセション/スローバラード

ハギ 「これなんてもう一生この先、地球が続く限り、語り継がれていく名曲ですよね」
田中 「ねえ。だから今回、未だに清志郎さん亡くなって色んな報道とかでこの曲はまあよくかかるじゃないですか。今若い人たち聴いて「あ~これいい歌だ」って逆に、知らない人たちもたぶんね」
太田 「だからさっきの『トランジスタ・ラジオ』をやった時に、俺のリクエストはこっちだったの」
ハギ 「あっ、まあどっちもいいですけどねえ」
太田 「こっちにしとけば良かったよなぁ」
ハギ 「でもこれだったら俺ハモれないな」
田中 「いやいいよ、お前がハモれるかハモれないかなんて(笑)」
友近 「ハモることばっかり考えて…(笑)」
太田 「田中って空気読めない」
田中 「まあね、そうことじゃないじゃない(笑)」
ハギ 「でもこれ出た当初、全然!売れなかったんですよ。清志郎、RC。なんでこれがあの当時 全く無視されてたんだって今でも不思議ですけどね」
田中 「でもこれカラオケで歌うのは、そうとう難しいですけどねえ」
太田 「これねえ、でも歌詞がさ、やっぱり…「あの娘のねごと聞いたよ ほんとさ 確かに聞いたんだ」っていう。『トランジスタ・ラジオ』もそうだけど、「アクビしてたら 口がでっかくなっちまった」とかって、なんなんだろう、この世界って」
ハギ 「あのねえ、清志郎って…1曲の詞作るのに、大学ノート3冊潰すんですって。で、こないだ元マネージャーさんと話す機会がちょっとあって。1つのノートに3~4ページ、1つの詞のワンフレーズが3~4ページにずーっと書いてあるんですって」
太田 「詩人なんだよなぁ」
ハギ 「で、なんで同じ詞を言葉がずっと書いてあるんだろうと思ったら、「て」「に」「を」「は」を試して、それだけで!3~4ページ使ってるつって」
田中 「あの~それこそ『TV Bros』の連載も、もの凄い独特な文章で。詩のようななんかね。あれもねえ、確かに特徴あるよねえ」
ハギ 「ほんと詞の世界も楽しんで欲しいんですよね。これから聴いて頂くなら」


第2位 THE TIMERS/デイドリーム・ビリーバー

田中 「まあカバーをほんとに、上手く…ね」
ハギ 「上手くて。言葉のセンスがまた凄く良くて、「デイドリーム ビリーバー アンダ」っていうのが、モンキーズの元々なんだけど、そこを「そんで」って変えてくる、その言葉の音に乗せる…清志郎さんはほんと日本語でロックをやろうと。で、その日本語を正しく言葉として伝えよう伝えようっていうボーカルの特訓までしてましたからね。あいうえおの発音から練習したって言ってましたからね」
田中 「そうなんだ~」
ハギ 「そう。ちゃんと聴かせるために。日本語をすっごく大切にしてた。だからこれもほんとに訳詞…もう、もう清志郎さんの世界になってるよね。この『デイドリーム・ビリーバー』っていう曲自体が。タイマーズなんだけど…タイマーズはねえ、ぜひ皆さんに『不死身のタイマーズ』まで聴いて欲しいですね」
田中 「『不死身のタイマーズ』アルバムね」
ハギ 「アルバム。インディーズなんでなかなか今 入手不可能なんですけども」
田中 「あっそうなの?」
ハギ 「はい」
太田 「清志郎さんってさ、「ロックの」って言われるけど、俺はちょっと違和感あって。ソウルなんだよなぁ」
ハギ 「いやいや、そうですよ。それはそうですよ」
太田 「なんか「ロック、ロック」っていう…まあもちろんね、そこまで詳しく知る必要はないと思うけど。なんかこう亡くなってから、「ロックの巨匠が」っていう言われ方をするけど。永ちゃんとかならわかるんですよ」
田中 「あ~そうだねえ」
太田 「清志郎さんってやっぱりちょっとそこと違う…主流じゃないんだと思うんだよ、俺は。だから圧倒的!に売れたっていう人たちでもないし、リズム&ブルースなんですよね、やっぱり。トランペットの音が、サックス音があったり。ちょっとね、その…う~ん。ちょっと世間との認識のズレっていうのが俺は感じた…ね、こないだ亡くなった時に」
ハギ 「清志郎さんがその『屋根裏』でバーン!と凄いブレイクした時に、周りがほら頭ツンツンで出てきたじゃない?で、「パンクだ、パンクだ」って言われたんですよ。「でも俺はいいんだ」と。「売れたいんだ、今」と。彼女のこともあったから。「パンクって言われてるけど別にいいんだ。でも俺はずーっとリズム&ブルースを、ずーっと研究してきたのに、今じゃパンクって言われてるぜ。でも俺はいいんだ」」
太田 「そういうとこあるよね」
ハギ 「「でも俺はいいんだ。売れるんだ」ってね」
太田 「ある意味 RC…以外に、日本でリズム&ブルースって、あんま思い浮かばないもんね。オリジナルのソウルを作った、グループっていうのは。そういう評価ももっとあっていいと思う」


第1位 RCサクセション/雨上がりの夜空に

田中 「まあほんとにこの曲はもうね」
ハギ 「ほんとどんなバンドでも…フェスとか行くじゃないですか。そうすっと別に、RC、清志郎さんが出てなくたって、最後これやるんですよ。もうバンドの人たちは。それでみんなで出てきてセッションしてっていうね。もうある意味 あの~清志郎さんを越えて、この世界の日本の音楽史のロックとか、そのリズム&ブルースにしろ何にしろ、の代表曲になってるような気がしますよ」
田中 「まあほんとそうだね。これは必ずバンド組むとこの歌、やるもんね」
太田 「この詞がさ、バイク、車?」
田中 「車だよね、これは」
太田 「車をさ、やっぱ女に見立てる…『Sweet Soul Music』もそうだけどさ。なんだろね、あの~いやらしさね」
(笑)
太田 「で、オシャレでね。で、俺が一番好きなのは『いい事ばかりはありゃしない』なんだけど。「月光仮面が来ないのと あの娘が電話をかけてきた」っていうのは、当時は普通にヒーローが来ないってことだと思ったら…当時付き合ってた女に「何言ってんの、あんた。月のものが来ないっていうことなのよ」って言われてムカついたことがある」
(笑)
太田 「そういう暗喩みたいなものを」
田中 「そうそう。大学ノート3冊使うというね」
太田 「ほんとに、ビビッたな」




Comment

全身ブチ says... ""
いいお話読ませていただきました。

私は、bambiさんより更に更にキヨシローさんの事は知らないし、曲もテレビで流れる以上のことは知らなかったです。
でも、私が求める(自分がそうなれるかは置いといて。いや、なりたい!けども)「大人」だなーと。本当、好きw

太田さんが呼び出された時のように、こっちが牙を向いて負かしてやる!って意気込んで行ってもあれよあれよと、キヨシローさんのオブラート(羽衣みたいな感じかもw)に包まれて牙が抜かれるというよりは、「溶かされて」「萎えて」しまうんじゃないかな。
なんかそれって凄いことで、私なんか無駄に争ってる(争ってしまう)人だから羨ましいを通り越してマジ「リスペクト!」w
ヒロトもそうだけど、ちゃんと「大人」だこの人たちは!って思います。で、色々反省します・・・。

太田さんの「何を学んだんだよ!お前は、キヨシローから・・・」にやられました。ちょっと目から水が出たw
太田さんのハギワラさんへの愛情も出ているからでしょうかね。

なんて。夜中に読んだから、なんだかセンチだぜーと思って朝、書いてるけどやっぱ思ったこと変わらないな~。
長々とお邪魔しました☆☆
2010.05.05 10:09 | URL | #xHucOE.I [edit]
bambi says... "> 全身ブチさん"
自分も清志郎さんについてはほんとに詳しくないので、今さら知ることが多いです。昔から気になる存在=好きな大人ではありましたけどね。

>ヒロトもそうだけど、ちゃんと「大人」だこの人たちは!って思います。

まさに、一見少年のように自由に好き勝手やってるように見えて、実は凄く思慮深い大人な方々なんですよね。でも、ちゃんと清志郎さんの意を汲んで悟って語ってる太田さんもさすがだな~と思いました。まあ清志郎さんがホラ貝を吹いて待ってる時点で、なんかもうこちら側の負けですよ。。。

「お前は生きてんだから、その意志を次がなきゃダメなんだよ」なんて、もしかしたら太田さんも自分に言い聞かせてる部分があるんじゃないかなぁと。憧れの人、大切な人が亡くなった後って、自分に何が出来るんだろう?とか考えちゃうものなのかもしれませんね。って、真面目か!俺は。ほんと目から水出そう(笑)

たまにはセンチな気分になるのもいいもんですよ☆
2010.05.06 03:25 | URL | #9jgEo1Cg [edit]

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