suicide bambi

パンクロックからお笑いまで、気になることを気まぐれに。

タイムマシーン

「バナナマンのバナナムーンGOLD」を聞いていて、日村さんのWikipediaのニックネームの欄に「公式お饅頭」(番組内で出た名前)が追加されたというので見てみたら、噂の神田さんからの呼び名「勇くん」も載っていた。

日村勇紀 - Wikipedia
ニックネーム

ヒムケン、たけし、ヘチマ、君香、ひむたん、日村まんじゅう最後の一個、どぶニャン、妖怪チョコ拾い、屑山下衆太郎、ぬっぺふほふ、バラマンディ、ミスターX、勇くん、公式お饅頭、など

微笑ましいなと思って色々見ていたら、公式サイトの欄に「バナナマン日村の夢ホームラン」と書かれていた。全く知らなかったけれど、日村さんは2008年までブログをやっていたらしい。最後の記事はキングオブコントの話だった。

2008/10/07
すいません|バナナマン日村の夢ホームラン
“終わって僕らは負けました。
清々しい気持ちとむちゃくちゃ悔しい気持ちと、複雑だったなぁ。
優勝はしたかったけど、またチャンスがあればね…
2千組以上参加してラストのラストまでネタやれた我々は幸せだと思いました!”

キングオブコントの第一回目の決勝で、バッファロー吾郎と対決して負けてしまったバナナマン。今でも覚えている朝礼のネタとか、めちゃくちゃ面白かったなぁと思い出す。そして、今では賞レースの称号なんて必要ないくらい活躍していることにじんわりくる。

今週のバナナムーンでは、設楽さんの42歳の誕生日を祝っていた。日村さんは来月で43歳になるという。当時のブログでは、日村さんは36歳と書かれていた。

2008/4/25
ロケバスにて|バナナマン日村の夢ホームラン
“渡辺正行さん(リーダー)とも会う
リーダーと最初に会ったのは俺が18歳の時だからほぼ18年前。
『今36歳ですよ俺』と言うとビックリしていた。
リーダーに最初に会った年齢に自分がなっちゃった。”

7年前のブログを新鮮な気持ちで読み耽る。タイムスリップしていくような感覚になる。

「あぁ解散かぁ」というタイトルを見つけて、何の解散のことだろうと…

2008/5/31
あぁ解散かぁ|バナナマン日村の夢ホームラン
“かつて、Boowy、ブルーハーツ、ユニコーン、など僕の青春だったバンドが解散していく。
そのどの解散よりも何か衝撃すぎて、ぶっちゃけ『えーー!』とか言わなかったもんな…
僕の中ではサザン解散と笑っていいともが終わるは無いと思っていた二大有り得ないだった。 ”

2008年にサザンは解散(活動無期限休止)していたのか…と振り返る。その後、サザンは活動を再開して、「笑っていいとも」は終わってしまった。しかし、今はタモリさんの魅力が詰まった「ヨルタモリ」が見られる。ユニコーンも再結成した。ブルーハーツのヒロトとマーシーは、ハイロウズを経て、今はクロマニヨンズで昔と変わらぬロックンロールをやっている。終わらないと思っていたものもいつか終わり、そしてまた始まることもある。

ブログにはケンコバさんのこともよく書いていたようだった。

2008/3/29
ケンコバさんホンマですか?|バナナマン日村の夢ホームラン
“以前もここで書きましたが僕とケンコバさんはお笑いでつながっていません。
つながってるのは只一つ!
ポテトサラダの旨い店を探して行く!
これだけです。
同じ35歳同士。
同じチョイでぶ同士
同じ酒好き同士
同じポテサラ好き同士”

神田さんとのお付き合いがニュースになり、以前から仲の良い「ケンコバさんとはちゃんと別れたの?」と冗談めいて言われていた日村さん。元々はポテトサラダ芸人同士だったことを改めて。事務所も芸風も違う2人、最初に仲が良いと聞いた時は意外に思った記憶がある。

徐々に遡っていき、シンデレラの話。

2008/2/29
シンデレラ|バナナマン日村の夢ホームラン
“ある街に一人の中年が居ました。
彼の名前はヒムデレラ
彼は普通に気持ちの悪いお笑い芸人として、特にブレイクするわけでもなく、何とな~く楽しく生活していました
しかしそんなある日の舞踏会。(アンジャッシュ児島くんとの飲みの場)にて、不思議な出来事が起こりました
とんねるずという名の王子様が突然ヒムデレラの前に現れたのです。”

はっきりとは覚えていないけれど、「おかげでした」のとんねるずを泊めよう!企画の話だと思う。とんねるずという王子様の前では乙女になってしまう“ヒムデレラ”を想像する。芸人らしいリアクションをしながらも、ファンだった頃を思い出していたのだろうか。しかし素敵な文章を書くなぁと、いつの間にか日村さんのブログの虜になっている。

シンデレラの記事のあと、食わず嫌い王についに呼ばれたことを喜ぶ文章もあった。

2008/3/8
やったぁー遂に|バナナマン日村の夢ホームラン
“とんねるずというコンビは僕にとっての青春!神さまなんですよ!
尾崎豊を神と仰ぐ方
矢沢永吉を神と仰ぐ方
皆さんそれぞれに何となくでも神と仰ぐタレント居ると思います。
僕にとってはそれが完全にとんねるずな訳ですよ。”

本当にとんねるずが好きで憧れていた感じ、こちらにまでその嬉しさが伝わってくる。今では当たり前のようにとんねるずと共演していて、最終的には「おかげでした」でポルシェまで買ってしまった日村さん。おまけにフリーアナウンサーの女性と付き合っている日村さん。若手の芸人、容姿に自信のない人、人生に絶望しているお笑い好き、色んな人に夢を見せてくれているんじゃないだろうか。

上がっていく芸人さんのブログを読むのは面白くて、不思議なワクワク感がある。オードリーがブレイクした年、若林さんのブログを朝まで夢中で読み耽ったことを思い出す。最初は売れない状態で鬱屈していた内容が、次第に仕事が増えていき、告知以外の更新がなくなっていく様が凄くリアルだった。その後、すぐにブログは非公開になってしまったが、それからのことは若林さんのエッセイ本に書かれている。

思えば、オードリーがM-1で決勝に行った年も2008年だった。2009年はオードリーがブレイクし、バナナマンも仕事がどんどん増えていった時期だったんだろうと思う。ちなみにバナナムーンは2007年に放送開始している。

最近、ジュニアさんは昔のボクシング雑誌を読むのが楽しく、「古本屋は過去にだけ戻れるタイムマシーン」だと話していた。伊集院さんは昔のファミ通のコラムをまとめる作業をしていて、当時の記事を今読む面白さをラジオで話していた。昔のブログを読むのもそれに似ているのかもしれない。

ジュニアさんの言葉が頭の中にあったのか、ブログはタイムマシーンのようだ…と思った。過去に戻り、その後の出来事を思い出しながら、現在との変化や繋がりを改めて感じる。今はまだ苦労している芸人さんのブログや言葉の数々も、いつか売れて振り返った時に心に染みる、壮大な前フリなのかもしれない。

最後に、ブログではないけれど有吉さんと糸井さんの2009年の対談から、上島竜兵さんについて語る有吉さん。

2009-11-11
ほぼ日刊イトイ新聞 - 有吉が、 窓から風を 入れましょう。
“有吉
「ホントにびっくりさせられます、あの人には。
仕事がまったくないぼくに、
『お前がいないとオレは生きていけないんだ』
って言うんですよ。

世間の、どこからも必要とされてないぼくを、
ただひとり、必要としてくれるんです。
『じゃあ、この人のためにがんばろう』
って、ぼくは思えました。」”

苦しかった時代を振り返る。

2009-11-16
ほぼ日刊イトイ新聞 - 有吉が、 窓から風を 入れましょう。
“糸井
「じゃあ、苦しい時代のほとんどは
『オレが受け入れられてない』
ということについて、
考えていた時間だったんでしょうね。」
有吉
「はい。ほんとうに、
誰か、誰か、誰か‥‥
誰かに届いてほしいって、
ずっと思っていました。」”

過去のアーカイブの中から、最近ふと見つけた有吉さんの対談記事。大活躍している今、「誰かに届いてほしい」という言葉がとても心に染みる。

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://suicidebambi.blog44.fc2.com/tb.php/721-9d842963