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パンクロックからお笑いまで、気になることを気まぐれに。

【ニッポン戦後サブカルチャー史Ⅱ】15/10/30…第5回 ヘタウマって何だ?(ロック~パンク)

Eテレで放送中の「ニッポン戦後サブカルチャー史」ヘタウマについての講義に出てきた、ロック~パンクの話。以前ラジオでヒロトが話していたことと凄く重なる部分があったので、振り返りまとめてみました。

今年の初めに、ヒロトが「ロックンロールバンドの一番の武器は、情熱ではないのか。そういうことをちゃんと大きな声で伝えてくれたのが、パンクだったような気がします」と話していたその放送は、今でも繰り返し聞いてしまいます。




2015年10月30日 Eテレ
ニッポン戦後サブカルチャー史Ⅱ
第5回『ヘタウマって何だ?』
講師:都築響一(編集者・写真家・作家)

途中、音楽の話から

都築 「音楽もその前までは、元々ビートルズみたいなシンプルなロックだったはずが、どんどん難しくなってきたわけですよ。ハードロックになってプログレになって、『もう百何十何小節目、転調ね』みたいな感じ。頭悪いからロック始めたのにみたいなのが、めっちゃ練習しないとバンド出来ないみたいなことになってきたわけじゃない。そういうことじゃなくて、何もないけど、やりたいっていう初期衝動っていうのが失われてたとこで、パンクが出てきたわけですよね」

1976年(昭和51年)
セックス・ピストルズがデビュー
パンクブーム

「ヘタなままでいられるっていうのは…凄いことだと思うわけよ。これって大変なことでさ、例えば音楽をやってても、最初にさ、やってだんだん上手くなるじゃん。5年10年もバンドやってたら。だんだんさ、シングル作ってたのがコンセプトアルバムとか言い出すわけじゃない」

「ピストルズはさ、絶対練習しちゃいけないって言ってたらしいんだよね。それは正しいっていうかさ。いつまでもやっぱ、例えば落書きは落書きのままでいいんだみたいなさ。

今言ってて思い出したのは、キース・ヘリングとかバスキア、二人とも死んじゃいましたけど、生きてる時によく東京に遊びに来てたんだよね。それで一緒に遊んでたりしたんですけど。当時にやっぱ一番ね、うけてた場所はツバキハウスだったんです。新宿のツバキハウスっていうディスコがあって、よく連れて行って。

こっちは下心があるからさ、スプレーとか…用意しといて、『ちょっと壁描いて』みたいな。そうするとあっちも酔っぱらってるし、『いいよ』みたいな。翌日行くとさ、なくなってるわけよ。『どうしたの!?』って聞いたら、従業員が『落書きでしょ。消しときました』とか言うわけよ。『困りますよね』みたいな感じ。いくらすると思ってる!と思うんだけど、従業員が正しいんだよそれは。結局。それを全部金で見ちゃうと違ってくるっていうかさ。

そういうことでヘタウマのスピリットっていうのは、作った人だけが受け継ぐんじゃなくて、そういうふうにね、色んな…売れないとかさ、わかってくんないとかさ、あまり友達がいないとかさ、モテないとか、苦しい人たちが、なんかすぐ描きたいって、とりあえず練習するより描きたいよっていう人たちが、どの世代にもいるじゃん。何も持ってない子たちが何かを作る時っていつもそういうことが起こるよね。だんだんそれがうけていったら、また次の世代が出てくるっていう感じ」



2015年1月24日 fm nagasaki
DJANGO BANGO DELUXE
DJ:ツネ/甲本ヒロト

ヒロトのコーナーから

ヒロト 「ザ・クラッシュで、『ロンドンは燃えている』聴いていただきました。

えー僕がロックに興味を持ち始めた、1970年代中頃は、精神論を振りかざすようなバンドとか。それとか、やたらと難しいフレーズを弾きこなすスーパーテクニックの…そんなバンドが増えてきて。ロックも難しいんだなぁというような。そんで、そういうバンドじゃなければ、プロのミュージシャンとかにはなれないんだなぁ、みたいなムードがあったような気がします。そこにいきなり、パンクロックがバーンと出てきて、そういう状況を全て吹き飛ばしてくれたんです。

ロックンロールバンドの、一番の武器は、情熱ではないのか。そういうことをちゃんと大きな声で、伝えてくれたのがパンクだったような気がします。バカでもいいじゃん。ヘタでもいいじゃん。やってみろよ。そんなパンクの精神が、世界中のバカなガキどもを、立ち上がらせたような、そんな時代だったような。そして僕も、その時に立ち上がった、一人だったのかなぁと、思うことがあります。

自分の昔のことを振り返って、なんだか大げさに語るのも、恥ずかしいことだとは思うのだけれど。ジョー・ストラマーの声を聴くと、今もあの時の自分がここにいるのだな、と強く感じます。それではもう一曲聴いてください。ザ・クラッシュで、『出世のチャンス』」

「えー今でも僕は時々、インタビューとかステージのMCで、ヘタでもいいじゃん。それどころか、ヘタな方がカッコいいんだぜ。僕が日本のバンドのレベルを下げてやる。なんてことを、冗談まじりに言うことはありますが。あれは、まんざら冗談でもなかったりするのです。

14歳の時の、立ち上がったばっかりの、バカなガキがまだ僕の中にいて、そいつがしゃべってんだと思って、若気の至りってことにしといてください」

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