suicide bambi

パンクロックからお笑いまで、気になることを気まぐれに。

生きているってすばらしい

かなり前の話だけど、深夜ラジオ明けに眠れなくて、何となくテレビを見ていたら「テレビ寺子屋」という番組がやっていた。医師・作家の鎌田實さんという方が講演をするような形で話していた。タイトルは「生きているってすばらしい」。そのストレートすぎるタイトルが気になって冷やかし半分で見始めたら、つい見入ってしまった。それはこういう感じの内容だった。


かつてチェコが民主化を求めていた時代、自由を求めて立ち上がったある男性が捕まってしまった。孤立した奥さんが子供を連れて死んでしまおうかと考えていた時、手紙が届いた。そこには「私はあなたがた夫妻を尊敬している」と書かれていて、わずかなお金が入っていた。その人に会いたいと思い、住所を訪ねるとそこは原っぱだった。その人も書いたことが分かると捕まってしまうような時代だった。奥さんは「私はこれで生きる覚悟が出来た。息子を守り、主人が自由になるまで生き抜く」と決心をした。

「人は1人でも分かってくれる人がいれば生きることが出来る」と鎌田さんは語る。子供たちにこの話をする時、もし周りでいじめがあったら、大声で「いじめるな」と言えなくてもいいという。誰にも知られないように、その子に「僕は分かっているよ。大丈夫だよ」と伝えてあげればいい。その一言でその子は生きのびられるかもしれない。「誰でもその“1人”になれるんだよ」と話していたのを聞いて、確かにそうかもしれない…とじんわりきてしまった。


これを聞いて思い出したことがある。中学生の頃、まるで人気のない先生がいた。社会の先生で、新聞の記事を題材にして考えさせる授業をしていた。子供に社会問題の大切さなどなかなか伝わるはずもなく、授業は面倒くさがられ、生徒になめられている感じだった。しかし、自分は何となくその先生が嫌いじゃなかった。社会を教えることに熱心で、でも真っ当すぎて好かれない、見た目も野暮ったいおじさんの先生。

その頃からひねくれていた自分は、生徒に人気の先生は好きじゃなかった。友達と一緒にひねくれた話ばかりしていて、なぜかあの社会の先生を応援しよう!ということになった。何かその先生が落ち込むような出来事があった気がする。匿名で応援する手紙を書いて、先生の下駄箱にこっそり入れた。本当に元気づけたい気持ちもあったが、今思えば遊びの一種だったのかもしれない。それを無邪気に繰り返して、卒業する時に書いた最後の手紙は、より力を入れて書いたように思う。今となっては何を書いたのか覚えていない。

その後、その先生がどんなふうに過ごしているのかも知らないし、その手紙を読んでどう思ったのかも分からない。イタズラだと思われていたかもしれないし、まるで気に留めてなかったかもしれないし、ちょっとは元気づけることが出来たのかもしれない。


手紙で思い出す、ちょっと恥ずかしい話がもうひとつある。とあるお笑いのライブで、ある芸人さんがかなり落ち込んでいる様子だった。ネガティブなことを言っていたのをイジられていて、本人も「俺をもてはやさないと死ぬぞ」と冗談めいて話していた。その場は盛り上がっていて、とても楽しいライブだった。

帰り道、偶然その芸人さんを見かけた。出待ちなどは出来ないが、不意に見かけた時は嬉しくて思わず声をかけたくなってしまう。特に落ち込んでいる様子はなく、一緒にいた後輩の方と話していた。死ぬだなんて、大丈夫なんだろうか…という思いが駆け巡る。あくまで芸人が舞台の上で言っていた、笑いにしていたことだ。しかし、お酒も入っていたライブだったし、本音がもれている部分もあるんじゃないだろうか。この人、本当に死ぬ可能性もあるんじゃないだろうか。死んでほしくない。もてはやさなくては。一言、「応援してます」と伝えたい。

この日は自分もお酒を少し飲んでいた。楽しくも疲れた夜で、一人でぼんやりと帰っていたからかもしれない。何とか気持ちを伝えたくて、話しかけようとして、どうにも体が動かなくて。こんな所で話しかけても迷惑かもしれない、自分みたいなもんに話しかけられても迷惑かもしれない、でも伝えたい、どうすればいい……そうだ、手紙だ!

きちんと書くような時間はない。メモ帳を取り出して、伝えたい言葉を探した。死んでほしくないということを伝えるためには何と書くべきなのか。「死なないでください」ではストレートすぎる。ライブで話した冗談を真に受けるなよ、と思われたらそれまでだ。伝えたいことって何だろう…とグルグルと考えた末に、「(コンビ名)のネタが大好きなので長生きしてください。先日のライブで見たネタも凄く面白かったです。応援してます」というようなことを書いた。思い返すと、なかなかヘンテコな内容だ。

学生の頃に友達同士で回していたような、本当にメモ書きのような手紙を手にして、ドキドキしながらその芸人さんの元へ。「さっきライブ見てて、楽しかったです。あのこれ…」と、その手紙を差し出した。その芸人さんは不意なことに驚きながらも「ありがとう」と受け取ってくれた。妙な奴が妙な笑顔で話しかけ、妙なタイミングで妙な紙を渡す。人見知りゆえに、誰かに話しかける時はいつもこうなってしまう。そのまま逃げるようにその場をあとにして帰った。

やっぱりやめとけば良かったかな。あんな手紙は気持ち悪いんじゃないか、気持ちを伝えるなんてただの自己満足でとんだ迷惑なんじゃないか、一緒にいた芸人さんと見て笑っているんじゃないだろうか、それでも笑っていてくれるならいいか、一瞬でもそれで笑ってくれていたら充分じゃないかと。

意図する思いが届いたかどうかは分からない。もし顔を覚えられていたら…とその後に観に行ったライブではちょっとドキドキしてしまったけれど、いつもと何ら変わりなく、楽しくライブは過ぎていった。顔なんていちいち覚えていないだろうし、出待ちから手紙をもらうことも少なくないだろうし、そもそも言葉や手紙で誰かを元気づけるなんて行為の多くは幻なのだ。幻でもいい。自意識過剰な奴が行動を起こすとしばらくは恥ずかしいが、時が経てばやがて思い出や経験になる。

色々と思い出して、迷惑になっていたら申し訳ないけれど、一瞬でも笑ってくれていたらいいな…と思う。今の時代、ネットを介したデジタルの言葉が溢れている。それは、手渡した手書きの思いとはまた別の形で残っていく。こんな文章でも誰かの心に届くのだろうか。上手く表現できなくて、いつも言葉を探している。

大丈夫。
生きているってすばらしい。


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