suicide bambi

パンクロックからお笑いまで、気になることを気まぐれに。

しくじる人


しくじる人がわりと好きだ。
人の不幸が好きというより、
誰でも失敗するんだなと思って安心する。
完璧な人なんていない。
人それぞれ何かを抱えている。


最近 芸能界でしくじっている人を見ると、何年経ったら「しくじり先生」に出るような笑い話になるかな…と想像してしまう。

もちろん笑えない、笑いにくい話もある。そのしくじりによって被害を被ったり、傷ついたりした人もいるだろう。不謹慎と言われたらそれまでだけど、それでも笑いにしてしまうこの世界が好きだ。

そのしくじり、昔からあるあるじゃんって思うし、やっちまったな!って言いたい。ネタにすることで笑いになり、気持ちが楽になり、救われることもある。ヘンテコで優しい世界を心のどこかで信じている。


去年 解散してしまった浜口浜村のインターネット番組で、ゲストのマシンガンズ・滝沢さんは舞台に立つ自信がなくなったことがあり、鏡に向かって「滝沢、面白い」と自己暗示をかけていたという話をしていた。さらに先輩芸人方も同様のことをしていたと、みんなノイローゼだと笑っていた。

滝沢「お笑いを見に来てるファンってみんな頭おかしいから」(笑)「みんなそうだと思うんだよ。ほんとに面白いことないと思うんだよね」
浜村「やってる方も見てる方もノイローゼってことですね」
滝沢「だからもうそんなギリギリの奴らを笑かしてる俺らも、それはもう大したもんだなと思うのよ」
2014/8/29『浜口浜村のしにそうでしなない』


確かに…と思って笑ってしまった。やってる方も見てる方もノイローゼ。お笑いファンに限らず、みんなどこかしらイカれてる気がする。正直者がバカを見る。努力したって報われない。イカれてないとやってられない世の中だ。そんな日常に笑いをくれる仕事を選んだ人たち。

スパローズ・大和さんはお金に困っていた時にギリギリアウトなことをせずにとどまれたのは、相方のことが思い浮かんだから…と話していた。色んな欲や衝動を健全な方法で解消できるのは、当たり前なことではなく幸せなことなのかもしれないと。


しくじったあの人を、テレビは無理でもライブではまた見れる日が来るのでは…とうっすら期待をしていた。もう無理だよね、と言っている人もいてショックだった。もう無理なのか。待っていてもダメなのか。

そんな中、先日行われた大喜利の大会で、「10年でも20年でも待ってるよー!」と大久保さんが叫んだと知り、とても嬉しかった。待っていてもいいんだ。

しかし、40過ぎてしくじると、10年経ったら50だぞ。はたして笑えるのか…。いや、50は笑えねえよ!って心の中でツッコんで笑いたい。20年後なんか自分だって生きているかわからない。本当は明日もわからない。明日しくじるかもしれないし。明日死ぬかもしれないし。でもこの先どうなるのか見届けたい。おかしな未来を見てみたい。

理解はしづらいし、闇は深そうだし、罪は罪だけど、なぜか嫌いになれない。しっかり批判を受けているし、同じくらい愛されているし、そこには待っている人もいる。

滑舌の悪い、あの声を時々思い出す。

10年でも20年でも待ってるよー!
ほんとだよー!




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