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パンクロックからお笑いまで、気になることを気まぐれに。

【ざっくりハイタッチ】13/3/16…ジュニア「36(歳)の時 何やってたんですか?」

2013年3月16日 テレビ東京
「ざっくりハイタッチ」


おしゃべり割烹 小籔亭




■40才を目前に…

ざっくりメンバーがアラフォー世代に。
ジュニア(38歳)1974年3月30日
小籔  (39歳)1973年9月11日
後藤  (38歳)1974年6月18日
岩尾  (37歳)1975年12月19日

お笑い界のBIG3がアラフォーの時、どんな仕事をしていたか調査。

【ビートたけし】
(39歳)フライデー事件
『元気が出るテレビ』は山田邦子さんが代役に。『風雲たけし城』は事件に参加しなかった軍団が代役に。『ひょうきん族』はタケちゃんマンのコーナーが終了。

『ひょうきん族』のスタート時の1981年、たけしさんは34歳、さんまさんは25歳。

【タモリ】
(30歳)芸能界デビュー
(37歳)『笑っていいとも』司会
(38歳)『紅白歌合戦』総合司会

【さんま】
(40歳)『笑っていいとも』レギュラー降板
11年以上出演。出世作はアラフォー以前に務めていた。

ジュニア 「36の時に、ある大師匠に…その時 久しぶりにもうほんまに俺 若いね、10代か20歳ぐらいの時に、ご飯連れて行ってもうたりしたことある、大師匠、吉本の大師匠がいてはって。その大師匠と、久しぶりに36の時に俺 仕事して。仕事した時に、「師匠」「お~久しぶりやな、ジュニア君。いくつになったんや?」「36です」「ほんまか。えらい…36はもうそんな歳なったか~」「師匠、36の時 何やってはったんですか?」「僕はなぁ、36の時は、大阪と東京で全局レギュラーやってた」って言うねん」
後藤 「え~!」
ジュニア 「「凄いですね~」「そうや、36の時は大阪の全局、東京全局でレギュラー持ってたなぁ。それぞれ大阪にマネージャー、東京にマネージャーいて。行ったらマネージャーいつも元気やから、お前ら元気やなぁ、そらそうやわな、僕が大阪でしてる時 東京では寝てるわ、東京で仕事してる時 大阪のマネージャー寝てるわ、そら元気やわなぁ」みたいな話があって、「凄いですね~」俺らだってまだまだがんばらなあかんなぁ、っていう話があって。それはそれで凄い話や」
小籔 「凄いです。えげつないです」
ジュニア 「その、3日後に、俺 たけしさんと会うことあって。たけしさんに「36の時 何やってたんですか?」「う~ん。36の時、えーとなぁ、おいら36の時、ラジオやりたいなぁと思ってたなぁ」って言いはって。 それこそ『たけし城』とか『元気が出るテレビ』とかやってたはずなんですよ。それじゃなくて、それを言うんじゃなくて、今からやろうと思ってたことを言うって、俺 すげえなぁと思って。どんだけ上見てはんねんって。俺のクエスチョンに対して答えとしてはおかしいけど、俺 凄いなぁ思って。やっぱそうなんや、と思って、またその3日後に松本さんと飯食うてて。それ聞いたろうと思って。「松本さん、36の時 何やってたんですか?」って言ったら、「36の時 俺なぁ、あっ、俺あのドラマやろうかなぁと思ってたわ」って。やっぱ上見てんねん」




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