suicide bambi

パンクロックからお笑いまで、気になることを気まぐれに。

エレファントカシマシを聴いている

4月になって
毎日、エレファントカシマシを聴いている。


昔から好きではあったけど、たぶんエレカシの3割くらいの曲しか知らなくて、7割くらいの曲や格好良さを知らずにここまで来てしまった。

今さらなのか、今だからなのか
2017年にエレカシにドハマリしてしまった。
何となく気恥ずかしくもあり、
しかし追い求める気持ちは止まらない。

90年代後半、エレファントブームの頃。
エレファントカシマシとミッシェルガンエレファント、どちらも好きで聴いていて、結局 自分はミッシェルの方に行ってしまった。

ミスチル、スピッツ、エレカシをあまり聴かなくなり、ミッシェル、ブランキー、ブルーハーツ・ハイロウズの方に夢中になった。今でも続いているバンドは前者の方だ。自分は、やがて解散して伝説と呼ばれてしまうようなバンド、終わりに向かうロックンロールが好きなのか。それぞれ、新たなバンドで新たな形でやり続けているので嘆くことでもないが。

エレカシが30周年ということで、テレビ、ラジオ、インタビューなどで見聞きする機会が多い。20周年の記憶がほとんどないが、10年前の自分は何をしていたのか。クロマニヨンズにハマって、ザ・バースデイにはあまりハマれなくて、洋楽を聴きかじってフェスに行って、分かったような気になっていた頃かもしれない。

今思うのは、10年前より確実に
エレファントカシマシ 宮本浩次が格好良い。
格好良く見えるということである。

そんなことあるのか。50歳で、10年前より格好良くなるなんてことがあるのか。単に自分も歳を取ったからなのか。10年前も格好良くて、自分がそれに気づかなかっただけなのか。

正直、男は30~40代がスタイル的には格好良さのMAXなんじゃないかと思っていた。そこからは大人の格好良さというか、渋さというか、哀愁というか。どう上手く歳を重ねていくかになっていく。

例えば、甲本ヒロトの格好良さは自分の中では連続していて、最初から特別な感覚があったので、昔のヒロトがどうとか、今のヒロトがどうとかあまり考えることもなく、変わらず格好良いと思う。

これは完全に好みの問題で、今でも格好良いのを承知で言うが、チバユウスケはスーツと革ジャンばかり着ていたミッシェルの頃の方が、スタイル的には好きだ。ミッシェルが今でもどうしても好きで、ライブ映像を夢中で見てしまう夜がある。

あの頃のミッシェルと今のエレカシ、浮かび上がる共通点は…スーツだ。スーツのスタイルのバンドがやはり好きなのかもしれない。今のエレカシのアーティスト写真が凄く好きで、黒のスーツ姿のシルエットを見るたびにハッとする。50になって、大人になって、キチッとしたいとネクタイをし始める宮本浩次。反則的な格好良さだ。

ロックンロールは、今が全てで、今を生きる、今が一番であるものだと思っている。一方で、何とか今を肯定したくて、ある種の格好付けで、そう思い込みたいだけなんじゃないかと。結局、あの頃の方が良かったと思ってしまうことも多い。ところが、本当に今が一番な人が稀に現れる。

宮本浩次は、今が一番の人なんだろう。今が一番 格好良いと思う。昔を振り返っても格好良いのは分かるが、自分の中では、今から遡って知っていく過去も格好良い、という感覚だ。50歳でリアルに格好良い人を見ると、もうわけがわからなくなる。

ヒロトは、10代の頃から趣味に没頭していて、気がつけばバイトをしなくてよくなって、生活パターンとしてはもはや隠居で、30代くらいからリタイア組なんだと話していた。もう引退はなくて、死ぬまでやるしかないと。そこには確固たる意思と覚悟のようなものを感じた。

宮本浩次には、向上心や欲が見える。進化している。表現に対する純粋さや情熱を感じる。自分の曲でも疎かにせず、何度も練習すると自信になり、丁寧に歌うとより聴いている人に届く…と真っ直ぐに語る。ロックミュージシャンはとかく語りたがらず、胸の内を明かさないことが多いので、宮本浩次が語るそれはとても新鮮で、方々を遡って追いかけている。

再びエレカシを意識して聴くようになったのは、「Destiny」と「RAINBOW」だった。不意に耳にした「Destiny」が深く心に残り、テレビで歌っていた「RAINBOW」に釘付けになった。息を飲んだ。未だにこんな曲を作るのか、歌うのか、全身全霊で。それはクロマニヨンズの「エイトビート」を聴いた時の衝撃に似ているかもしれない。

今、いくら遡ってエレカシの曲を聴いても、まともにライブで見たことがないので、ファンですとは容易に言えない。まだ何も語ってはいけないような気もする。エレカシのライブはもう何年も前に、イベントで見た記憶が微かにあるだけだ。いくら音源を聴いて、過去の映像を貪り見ても、近づくことの出来ない感覚。

最近あまりライブに行けなくなって、おまけにホールでライブを見るのが苦手で、なかなかエレカシのライブを見に行くに至れない。スタンディングで個々が認識できないほど群衆に紛れてぶっ飛んで、ようやく自意識から解放されて楽しめる。という難しい性格故に、なかなか新たなライブに行きづらく生きづらい。

今ではエレカシがスタンディングでライブをやることはあまりないのかもしれないけど、ライブハウス規模の所で「ガストロンジャー」をやっていた映像がとてつもなく格好良かった。この曲、昔 聴いた時はあまりピンと来なくて、それが今になってガンガンに響いてくる。なんだこれは。衝撃が逆流してきて吐きそうになる。覚醒するように血がたぎる。

以前はエレカシのロック色の強い曲や男らしさを全面に出した曲は、あまり好きではなかった。そちらの方がエレカシの元々の本質だったんじゃないかと、今になると感じるが、正直に言うと当時はそれがどこか野暮ったく見えてしまった。揃いのスーツを着込んだミッシェルの方に、あの頃の自分はロックンロールを求めた。

思い起こせば、昔 落ち込んだ時に聴く自作のカセットテープがあった。好きな曲をダビングして選曲したテープで、確かそこに入れていたのは、ミスチルの「抱きしめたい」、スピッツの「愛のことば」、そして エレカシの「風に吹かれて」だった。ラジカセの前で泣きながら、それらの曲に純粋に救われている時期があった。

あの頃 エレカシには、ベスト盤で言うところのまさに“Mellow & Shout”的な楽曲を求めていたんだろう。そして今、“Roll & Spirit”的な楽曲が心に響くのは、「Destiny」と「RAINBOW」がきっかけだったんだと思う。

日々、遡って知るエレカシの曲にハマり込み、今現在、「歴史前夜」を延々と繰り返し聴いている。タイトルは何となく知っていたが、まともに聴いたことはなかった。最初はライブ映像で見て一気に引き込まれて、次に音源だけで聴いてより鮮明に感じる。胸が高鳴る。痺れる。心身を支配される。

何かが起こりそうな気がする…で始まる「四月の風」も好きだが、「歴史前夜」を聴いていると、何かが始まりそうな気がする。世界の始まりの音がする。これは、オアシスの「Don't Look Back in Anger」に匹敵するやつじゃないか!歌詞はまだ未完成のまま、デタラメな英語のような仮歌のメロディーそのままで、とてつもなく純度の高いロックンロールを放っている。

オアシスの「Don't Look Back in Anger」には個人的に思い入れがあり、世界の始まりの曲だと思っている。エレカシの「歴史前夜」にもそれに通じる何かを感じる。

仮歌の状態で、未完成の曲としてこれだけ完成されているのは、ちょっとした革命なんじゃないだろうか。もうライブで演奏することはない曲なんだろうか。「歴史」として曲が完成されている以上、本人の意図する所ではないのかもしれないが、この曲にはそれぐらいの衝撃があった。

不思議なのは、「歴史」は独特な歌詞の乗せ方がエレカシっぽいが、「歴史前夜」はあまりエレカシっぽくないような感じがする。でも、もはや自分の中でのエレカシっぽさなんかどうでも良くて、この曲が持つロックンロールの磁力みたいなものに強烈に引かれて、トリップするような感覚はやはりオアシスのそれに似ている。フジロックとかフェスで聴いたら最高だろうな…と思う、果てしなく広がるライブ感。

これまでは気づかなかった、エレカシとオアシスの類似性。エレカシをひたすら聴いていたある時、ふとオアシスのギターの音に似ているなと思う部分があった。更に追っていくうちに宮本浩次のインタビューで、「悲しみの果て」の頃にオアシスの「Morning Glory」を聴いていたと語っていた。聴き比べて悩んでいたらしい。「ロックンロール・バ~ンド♪」の曲が好きで、そればかり聴いていたという。その曲はやはり「Don't Look Back in Anger」なんだろうか。

エレカシは「悲しみの果て」「風に吹かれて」「今宵の月のように」の頃の曲が好きだった。オアシスは「Don't Look Back in Anger」「Stand By Me」「Don't Go Away」の頃の曲が好きだった。まさにあの時代。全く別ベクトルのものだと思っていた。それが何十年も経ってからリンクしていくことに、ゾクゾクしながら再び曲を聴いている。

あの頃、エレカシとオアシスを別ベクトルで聴いていた頃、わりと青春だったのかもしれない。「三十七なり。オレの青春は終わったけれど 明日もあさってもオレはやって行くから」と歌うエレカシの「覚醒」を聴いた時、そうか、37までに青春は終わるのか…と思った。死ぬまで青春と言う人もいるが、青春は終わったと言い切ってしまうような人の方が何となく信用出来る。

青春なんて別に大したものじゃない。振り返ってみたらあれが青春だったと、あとから気づくぐらいのもので、人生は素晴らしくダラダラと続いていく。立派な大人になれたわけでもなく、なんだかんだと生きのびていく。

生きのばしの途中で、ピーズを好きになったり、フラカンを好きになったりして、また死にぞこなう。桜の季節に背を向けて生きていても、不意に4月の風に吹かれて、改めてエレカシを好きになったりする。

10代の頃からずっと鬱屈していて、なんで生きてるんだろうという思考から逃れられなくて、鬱々として停滞し続けて。しかし、本当に鬱状態の人は何も見たり聴いたり出来ないらしい。ということは、未だに音楽を聴いて感動してしまう、ロックを聴いて熱くなってしまう自分は、ただのロック好きのろくでなしなんだろう。

ロック好きなのは幸か不幸か
未来はあるのかないのか
人生は長いのか短いのか

今日も、エレファントカシマシを聴いている。



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