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【新栄トークジャンボリー】17/4/30…ゲスト:エレファントカシマシ 宮本浩次

2017年4月30日 CBCラジオ
「新栄トークジャンボリー」

ゲスト:エレファントカシマシ 宮本浩次
パーソナリティ:小堀勝啓




小堀 「この時間のゲストですが、ちょっと緊張気味で、ちょっとドキドキしてます。お久しぶり、エレファントカシマシの宮本浩次さんです。どうも」
宮本 「お久しぶりです、よろしくお願いします」
小堀 「ちょっとドキドキして」
宮本 「そうですね…いつもあのありがとうございます、なんかこう」
小堀 「とんでもない」
宮本 「名古屋に、来たらもう絶対…」
小堀 「めっちゃ、ファンですので」
宮本 「いやいや、ありがとうございます…」
小堀 「ニヤニヤしちゃう」
宮本 「すいません…」
小堀 「今度はですね、あの~宮本さんはあの30周年イヤーになって。30年になるんだ、もう、と思うんだけど」
宮本 「そうですね…」
小堀 「その中にはあの~初回の限定盤の中にはDVDも入ってて。まだ初々しい若い頃の、映像とかもあるもんだから。やっぱ見てるとなんか「俺もあんな時代あったかなぁ」みたいな、ありますかね?」
宮本 「あ~そうですね、その『ファイティングマン』のあの~デビューしてすぐぐらいにですね、渋谷公会堂で東京の。電気付けっぱなしライブっていうのをやって。で、けっこうそん時 やっぱ鳴り物入りでデビューして。その~あの、ライブのチケット、たぶん売り切れたんじゃないかな、渋谷公会堂の」
小堀 「えっ、凄い」
宮本 「いきなりその、ほとんどライブもやらなかったんですけど、その話題だけでけっこうやっぱ渋公がいっぱいになって。どうやってやんのか、それは当時のやっぱりその、あの事務所の、あの~マネージャーだった人とか。それからレコード会社のみんなでやっぱこうエレファントカシマシはなかなかこう生々しい、奴らだから、じゃあこう電気付けっぱなしで生々しくそれで、こうやろう つって。渋公で電気付けっぱなしで。それの映像がこの間 発見されてその、小堀さん たぶん見て頂いたそれだと思うんですけど」
小堀 「はいはい」
宮本 「その時の『ファイティングマン』が、今もやっぱこうそのアルバムのこのタイトルに、ベスト盤のタイトルになっちゃったりとか。それからその今だとほんとに大団円のなんかこうほんとにコンサートの、その…『ファイティングマン』をやんないと、ライブが締まらないぐらいの、ファンの人たちも僕たちも凄く大事にしてる曲に成長して。まあ元々あの大事な曲だったんですけど。 凄くこう、感慨深いものは確かにありますね。はい」
小堀 「ねえ。で、ずーっと、まずは2枚組でまず音源はあって、これはオールタイムベストなので、あの曲もこの曲も入ってて。で、なおかつそうやって映像があって見ていくとなんか、ファンとしてね、一緒に過ごしてきた時間の自分の年月と重なるもんだから、30年っていうのが。凄いなんか、じんわりくるものがありますね」
宮本 「あ~。そうですね、確かに、まあ、そのまあ小堀さんのあのそのあれから比べたらあれですけど」
小堀 「いやいやいや」
宮本 「僕らもようやくその」
小堀 「とんでもない」
宮本 「メンバー4人とも50になりまして」
小堀 「なったんだもんねえ」
宮本 「そうなんです。それでやっぱこう、若いそういう、なんつうんだろうなぁ、トンガってるっていうか、そういう時の曲も。それからまあ、その契約切れて、『悲しみの果て』とか『四月の風』とかそういう、もう一回じゃあちょっとちゃ…再デビューじゃないけど、ほんとに契約が切られちゃった時の」
小堀 「やっぱショックですか?」
宮本 「ショックでしたねえ。やっぱその~僕ら、ショックっていうかそうですね、それこそじわじわなんですけど。まあ音楽っていうまあその目標…っていうか目的 このバンドでね、やるっていう気持ちはあったんですけど。ただやっぱその~事務所まで解散しちゃったんですよ。だからその」
小堀 「おお~」
宮本 「みんなやっぱもちろんアルバイトも、まあまだ20…6、27歳ぐらいだったんでまだ若かったんだけども。僕なんかだとやっぱその~あれなんですよ、大学生の、もう20…歳ぐらいの時にデビュー…21か、大学3年の時にデビューしてたもんですから、何にも属してない時期ってなかったんで。すぐもうそのままデビュー、事務所もあったし。まあ、おきゅう、給料ちゃんともらって。で、契約して。それがもう、スッて何もなくなっちゃったんですよ。で そん時にやっぱこう曲を、一生懸命 考えて、『四月の風』っていう曲を作って、ライブハウスでやってっていう。凄くこう、あの思い出深いんですよね」
小堀 「今でももう、大事な曲のひとつですけど」
宮本 「そうなんです」
小堀 「このアルバムにももちろん入って」
宮本 「はい」
小堀 「じゃあ これまず聴きましょうか。じゃあ お願いします」
宮本 「『四月の風』聴いて下さい 」


♪ 四月の風 / エレファントカシマシ

小堀 「人に歴史ありって、ありきたりな言い方ですけど、宮本さんにしてそういう時期があったんだ、その「ガーン、どうしよう。2階に上がってハシゴ外された」みたいな」
宮本 「あ~そうですね。そう、だからこう…みんなもバイトしてたし。それでやっぱりこう、驚きましたね、その、はい」
小堀 「いや 僕…たちにしてみたらそんなことは別に、屁でもないみたいな人みたいなイメージがあって。なんでかっていうとエレカシっていうエレファントカシマシって、まるで商業の匂いのないバンドで」
宮本 「商業、はい…」
小堀 「商業の匂いがないんだけど、出た時から文学の匂いがずーっと、する、グループなんですよ。だから、「そんなことは俺たちは関係ないんだ」みたいな、「俺たちは音楽好きでやってんだから」ってかと思ったら、やっぱ「えー!どうしよう」っていう感じは、あったんですかね」
宮本 「そうですね、やっぱりこう、憧れてた、こう、ローリング・ストーンズとか」
小堀 「おお~」
宮本 「それは大きく、大きく言えば、若い時 やっぱ高校生ん時に、まあギターの石くんとかと、やっぱこう、ミック・ジャガーとかキース・リチャーズとか、ほんとにあの憧れて。まああの~、それでその~やっぱりこう、それらの、バンドっていうのはたい、大変なヒット曲もたくさん持ってるわけだし。やっぱこう、なんていうんだろうなぁ…自分たちも、絶対ヒット曲を出して、それで、まあどういう形であれそういうバンドとしてはこう、4人でいるだけでもカッコ良く、あの~音が聴こえてくるようなバンドになりたいね つって。で やっぱりその~もう何しろレコードを売るっていうか、そういう思いが凄い強かったですし、なんか憧れみたいなものも凄くありましたし。そういうこう、とこでやってくんだろうなって思ったらあっさりこう…売る売れない、契約切れて。で やっぱ『四月の風』って曲とか、あとその、一番ヒット曲になった『今宵の月のように』って曲が、自分たちのその、あのイメージしてるそういうキース・リチャーズと、ミック・ジャガーのそのギターの…その歌の絡みとかそういう、またものとまた全然違う。僕らがイメージしてたロックの、曲と違う、もちろんストレートな思いを歌ってる歌なんだけれども。そういういわゆる自分たちのスタイルっていうのかなぁ、やっぱそうやって契約が切れて、初めてこう、形が出来た、ものなのかなっていうふうに思います。だからロック、ロック的なものに凄く憧れてたのかなっていう感じには、まあ今、今 振り返るとありますね」
小堀 「だからあのその頃から、逆に明らかにもっと日本の…グループっていうか、あの、うーんと、フォーキーなフォークっぽいメロディーや、それがブルースなんかと上手く混ざってるのと。あと、いい意味で、歌謡曲テイストのあるメロディーラインがあったり。あのそれこそね、旬の頃のジュリーとかね、ああいう匂いが入ってるようなね、曲がけっこうあったりしてね」
宮本 「はい…」
小堀 「凄く好きになっていくっていうか。もっと取っ付きやすくなったっていう、いい意味でね、あるんですよ」
宮本 「はい…。そうですね、歌謡曲 あの~全盛の時の、子供ですから。私あのほんとにあの~ラジオの、それこそあのベストテン番組もそうですし、あらゆるこうやっぱラジオ、聴いてそれこそ沢田研二、まあ 敢えてこう敬称略で、沢田研二のファンだった、ジュリーの大ファンだったし」
小堀 「わかります」
宮本 「それからこう、『青葉城恋唄』まあなんかもうヒットしてましたし。もうほんとに優れた歌謡曲、たくさんあって。やっぱこう歌ってたし、歌が好きだったから。そういうの、もの凄くあの、影響っていうかもうほんとに、カバーも、普通にカバーもしますしね。それこそユーミンの」
小堀 「『翳りゆく部屋』」
宮本 「『翳りゆく部屋』ほんとにあの~今聴いてもほんとに素晴らしい歌なんだけど。あの~そういう名曲 日本にいっぱいありますから。あの~そうですよね…」
小堀 「『翳りゆく部屋』なんか聴くとね、逆にね、あの全く普通に聴いてユーミンの曲は…としてはもちろん知ってるんだけど、全く、オリジナルのエレファントカシマシに聴こえるぐらいなんか、一体感がありますよね。メロディーラインもそうなんだけど」


♪ 翳りゆく部屋 / エレファントカシマシ

宮本 「やっぱ曲、いいですからね。あと、やっぱこう、カバーって僕らもたまにその、あの~若い人たちが、カバーしてくれることがあるんです。そうするとやっぱり凄くやっぱり僕も、もちろんそうなんだけど、例えば ユーミンの歌うたう時に、その~これはやっぱりこう、まあまず失礼があっちゃいけないし。そういうこう曲に対する敬意みたいなものがやっぱ全部出るから、大体こう、プロのミュージシャンが、カバーした曲ってまあ、僕らだけに限らず。まあ僕らもちろん渾身のあの~大好きな歌だし、尊敬する歌だから丁寧にやるんだけど。僕らの歌を歌ってくれる、それを聴いてもやっぱある種 原曲よりも、ある種 凄くこう、豊かになってるような、解釈に気づ…なるほどと。やっぱそのカバーの曲やると、自分たちの曲もこれはやっぱりこう、疎かにしちゃいけないってことをなんか学び直したりとか」
小堀 「あ~なるほどね」
宮本 「『俺たちの明日』とかその『悲しみの果て』を、自分たちの曲だからってちょっとこうラフにやっちゃったりする、ことがあったんですけど。まあそれはそれなんですけど。今はちょっとツアーなんかやる時にはけっこう丁寧にもうちょっと原曲に近い形で、やるようにしています。はい」
小堀 「やってくとほら、どうしてもあの~もう慣れてくるもんで、あのもう普通そうリハでもそんなに、ちょちょっとやったら大丈夫みたいな。だんだん違ってくるのあるんでしょうね、きっとね。全体と。 ミュージシャン交流ってけっこうあるんですか?宮本さん、ミュージシャン同士の交流」
宮本 「あんまりないですね。ただその、あの~なんていうんだろうな、60…1966年生まれなんですよ。そうすると例えばその~、えーと、東京スカパラダイスオーケストラの、えーと、谷中さんとか。からあと、斉藤和義、和義さんとか、あの彼らと同じ歳なんですよね」
小堀 「そうなんだ」
宮本 「そうすると例えばそういうイベントがたまたまそういうのが、例えば大阪であったりとかして。そん時に何となくこう、それだけじゃないんですよ 何となくこう話、こうやっぱ楽なんですよね。そうすっとその彼らとかと会うとなんかやっぱこう、わりと気さくに挨拶したりとか。またあとだ、で、番組でね、一緒になったりとか、あのすることもありますし。一緒に歌ったりとか、その、はい。少しはやりますね(笑)」
小堀 「結局 あと同じものが流行ってたし、同じものを見て育ってるから」
宮本 「そう」
小堀 「話し通じやすいとか」
宮本 「そうなんです」
小堀 「ありますよね」
宮本 「ただ飲みに行ったりとかっていうそういうこと、ご飯食べに行ったりとかそれはないですね、ほとんど」
小堀 「俺 宮本さんそういうことする人じゃないと思う」
宮本 「はは」
小堀 「はは。そういうベタな、こういうのは。メンバー同士はどうなんですか?」
宮本 「メンバーも今は、うーん、やっぱ練習で会うことが多いから、なかなかこう4人で、揃ってなんかご飯食べに行ったりとかっていうのはほとんどなくなり、なくなっちゃいましたね」
小堀 「あと宮本さん照れくさいっていうか、何話すんだろうみたいな、あるでしょうね」
宮本 「そうですね。で お酒をみんなやっぱりこうやめちゃったりとかもして、負荷をかけないみたいなふうにみんななってって。やっぱこうライブやるためには、ってどんどんストイックにならざる得ないっていうかまあ、はい。僕も煙草ももちろんやめちゃったし。あの~お酒も、まあライブの前は、例えば最低5日間は絶対飲まなかったりとかするんで」
小堀 「いや わかる」
宮本 「その分まあその音楽の方に、全エネルギーをっていう感じになってきました」
小堀 「声が艶やかになってますね、今 ツアー中ですよね、もうね」
宮本 「そうです」
小堀 「で、全国47 都道府県、これを敢行するわけですから。ずーっと秋…過ぎまで続くんでしょ?」
宮本 「はい。1年間、12月…ぐらいまで、はい」
小堀 「続くんだよね。だからこの地方で言うと、近いとこでは5月27日、土曜日に長良川国際会議場のメインホール。で、28日 日曜日が四日市文化会館の第一ホールですかね。名古屋だともうグーンと飛んで9月23日 土曜日 祝日、名古屋国際会議場 センチュリーホール、こういうふうに続いてく。声は若い時よりなんか、出てる気が…自分でもするでしょ?」
宮本 「いや~。あっ、ただ、やっぱりその煙草やめた…ら、あの一時出なくなってた声は出るようになりました。なんかその若い時はもう、煙草吸ってても、不摂生でも、まあけっこうある種、ごまかせるわけじゃないけど力技で確かに行けるんですよね、元気さで。でもやっぱこう自分でこういう声が出したいっていった時にやっぱ大人になると、若干その負荷を減らしていくっていう」
小堀 「あっわかります」
宮本 「ことを…すると、まあそれなりにあの~何とか、出来るっていうふうには、判明しました、最近」
小堀 「いや、だってさ、それこそローリング・ストーンズとかきっともうどんだけ摂生してるかと思いますよね。あの歳で」
宮本 「そうでしょうねえ…」
小堀 「ねえ」
宮本 「素晴らしいでしょうね、たぶんね…」
小堀 「ねえ。あの~色んなの、曲があって、『のぼうの城』のあのテーマの時も思ったけど。映画でこういうやつのここのはまってくると、映画のあとにエンディングにあれが流れると、映画のストーリーがもう一回 自分の中で、再構築しながら違うふうに、あ~こうだったかもしれないとか思えたりとか」
宮本 「あ~そうですか」
小堀 「ドラマとか映画のものとか多いじゃないですか」
宮本 「はい」
小堀 「頼まれること。やっぱ…あれってそれなりに凄いことですね」
宮本 「あの~やっぱり凄く自分たちの、まあその4人で、やってるっていう所があって、それはもうほんとに、中学・高校時代のもうほんとにあの友達ですし。いわゆるその~なんかこう、なんかこう音楽のね、修行を4人でやったわけでもない。でもやっぱその、4人で音を出したくてバンドをやりたくてやってて。それは、その鉄壁のある種、そういう思いはあるんだけれども。一方でやっぱその自分たちで新しいものとか、あの刺激をしてやっぱいいもの作りたいって時にそのドラマの…例えば『今宵の月のように』僕らの最大のヒット曲ですけど、それなんかやっぱこう、ほんとにそのドラマの、話を、受けてやっぱり、あの~初めて成立した曲だし。ほんとにコマーシャルで、あの~商標を入れてね、あの歌うものも、ありますし。でもその分、やっぱ凄くあの結果的に凄く代表曲になることもあったりとか、するんですね。だから確かにあのそういうタイアップっていうか、そういう新しいこう、なんかその発注されて作るっていう感覚も凄くやっぱり、あの~結果的には凄く、あの~良いふうに、自分たちの代表曲になる、まあ『ハナウタ』とか、『今宵の月のように』もそうだし。一番新しい『夢を追う旅人』っていう曲も、そういうコマーシャルから生まれた曲だし。確かに、あの~代表曲になっていく、あの~ことが多いですね。はい」
小堀 「そして、たぶん多くのみんなは、普通に、あの~朝「さあ がんばろう♪」もうきっと、そういうふうに言いながら、よいしょっと会社に出かける人 多いと思うんですよ」
宮本 「…なるほど」
小堀 「そういう、そういういい歌がいっぱいある」
宮本 「ありがとうございます(笑)」
小堀 「じゃあもう一曲 お願いします」
宮本 「『俺たちの明日』」


♪ 俺たちの明日 / エレファントカシマシ

小堀 「何よりもやっぱ宮本さんにはずっと歌っていてほしい、という歌っているエレファントカシマシを、あの~見たいという。でしかもこれからもずーっとたぶん歌っていくんだし」
宮本 「そうですね、なんとかねえ…はい」
小堀 「40年記念とか、きっと出てくるし」
宮本 「はは…」
小堀 「還暦か~宮本さん、きっともうそんなに遠くない、10年弱」
宮本 「小堀さんでもこないだその~なんかこう今でもやっぱその初心を忘れずに、ちょっと印象的だったんですけど。滑舌をこう、鍛えるためにこう努力をむしろ最近になって改めて初心にかえって」
小堀 「そうです。よく覚えてらっしゃる」
宮本 「ええ、凄く印象に残ってたんですよ。その話がね」
小堀 「それはどうしてかっていうと若い時、簡単に出来たことがもう出来ないからですよね。俺もそうなんだけど。こんなつまらんことでつまずくかって、こと、怖くなっちゃって」
宮本 「ああ~」
小堀 「年齢がやっぱり衰えになっててそれを例えば、あのなんだろ、いぶし銀だとか円熟だと言ってそっちに、行く手もあるんだけど。それはそのどっかでその熟成もありながら、でもやっぱり若い時の曲はあの、キーで、あのテンポで歌ってもらいたいっていうのは、僕らあるわけでそれを聴きたいみたいな」
宮本 「ああ…。ザ・フーがですね、やっぱりね、東京でやった時にね、あの~やっぱり、同じキーでね、あの~ロジャー・ダルトリーが、歌ったんですね。それは嬉しかったですね。もう何年前だろ、2010年か2011年にザ・フーが来た時、もうけっこう70近い時の、ザ・フーが、同じキーでねえ、やっぱこう往年のヒットナンバーを歌ってくれたんですよ。それ見てやっぱ非常に僕はそんなにザ・フーは、もちろん大好きなんだけど、ストーンズとか、ツェッペリンに比べると思い入れがなかったんだけど。やっぱ号泣しましたね。それからボブ・ディランがやっぱり東京で、あのライブやった時に、Zeppで。それもね、『Like a Rolling Stone』って最初わかんなかったんです、何がなんだかわからない」
小堀 「あの人 崩しまくって」
宮本 「崩しまくって。それでまあでも素晴らしい、なんだろうこのアンコールの1曲目はなんだろう、「♪~~~Like a Rolling Stone」って言って、全員 ああー!これ『Like a Rolling Stone』だった!って。それもこう自分の持ち味で、あの長く活躍されてる方…なんとかね、爽やかにやっぱこう、その歳なりにやって行けたらやっぱりいいですよね…」
小堀 「いや なってます。じゃあ話は名残惜しいですが、えーと、この地方は5月27日の長良川国際会議場、28日の四日市文化会館、そして9月23日の国際会議場のセンチュリーホール。ここでお会いするのを楽しみにしながら、それまでこのアルバムをずっと、聴くことにします」
宮本 「はい」
小堀 「いや~いつも、お会いしても僕はあの、爽やかに感動をもらいます」
宮本 「ありがとうございます(笑)」
小堀 「やっぱり人にほんとに気持ちを届けるっていうのはこういうことなんだなって」
宮本 「いや…いつも温かく迎えて頂いてありがとうございます」
小堀 「これからもまたずっといい歌を届け続けてください」
宮本 「よろしくお願いします」
小堀 「ありがとうございました。エレファントカシマシの宮本浩次さんです。大好きです」
宮本 「ありがとうございます(笑)失礼します」




2017/4/30 放送
小堀勝啓の新栄トークジャンボリー|CBCラジオ

“エレファント・カシマシの宮本浩次さん。なんと30周年!?へ~~!
いつ会ってもスリム!日本一ブラックスリムジーンズが似合う人!”




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