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パンクロックからお笑いまで、気になることを気まぐれに。

【きくちから】17/3/23…宮本浩次(エレファントカシマシ)へきくちから

2017年3月23日 フジテレビNEXT
「きくちから」


宮本浩次(エレファントカシマシ)へきくちから

「FNS歌謡祭」「僕らの音楽」「MUSIC FAIR」など多くのフジテレビ音楽番組をプロデュースしてきた、きくちプロデューサーが送るアーティストとの雑談番組。
http://www.fujitv.co.jp/otogumi/kikuchikara/




■ きくちP家の近所の行列のできる食パン屋さんの食パンを差し入れ

きくち「いつものパンです」
宮本 「いや、すいません、これ。ありがとうございます、ほんとに美味しくて。俺だけいっつも持って帰っちゃうんですけど、すいません」



宮本 「ほんとにあの~その節と…ほんと前の、時からですね、もうあの~色々ちょっときくちさんに迷惑もうちょっとおかけしちゃったりとか」
きくち「いやいや、とんでもない、とんでもない、とんでもない」
宮本 「本当になんか、ええ、ありがとうございます」
きくち「全然、その辺の話をしていいのかしなくていいのかよくわかんないんだけど」


■ きくちPが初めてエレファントカシマシを観たのは…

きくち「何度か話したことあるし、間違ってるかもしれないんで、今日あの話で聞いておきたいんですけど」
宮本 「はい」
きくち「1988年だと思うんだけど。あの~仙台、今もあるホールかな。でなんかその東北ロックサーキットみたいのがあって」
宮本 「はいはい、ええ」
きくち「そこにたぶんエレカシがいたと思うんですよ。トリがZIGGYか、レッド・ウォーリアーズで」
宮本 「ああ~、いや行きました」
きくち「で なんか」
宮本 「88年か9年、ああそうですね、行きましたね。あの、レッド・ウォーリアーズがけっこう売れてて。けっこうバーッとロックバンドが出て、そうですね、覚えてますね」
きくち「そん時、凄い印象に残って名前も覚えて印象に残ったのがエレファントカシマシと、そのあとどうなったかわかんないけどスーパーバッド」
宮本 「あ~いましたね、ソウルフルなスーパーバッドってバンドが、ええ」
きくち「それがたぶん初めてエレカシを見た時だろうなと、自分の中では思って」
宮本 「あ~ありがとうございます。けっこう前ですね、いや…そうでした。忘れてました、それ僕」
きくち「で たぶんトリはね、レッド・ウォーリアーズだったと思うんですよ」
宮本 「ああ~」
きくち「ZIGGYが売れたてみたいなね。そん時にね、エレファントカシマシっていう、凄い変わった名前のバンドがいて。見たらば、ステージがまた、ステージも客も、変わってるわけですよ」
宮本 「あ~そうでした…」
きくち「最初の頃だからたぶん」
宮本 「お恥ずかしい、ほんとに」
きくち「あ~いや全然、全然」
宮本 「よく覚えてます。はい」
きくち「そっからぐるーってきてね、あとはなんか、あんな流れなんですけど(笑)」
宮本 「いやっ…(笑)」


■ 当時 お蔵入りになった『MUSIC CLAMP』
(1996年10月 収録)

宮本 「でもあのきくちさんあの、やっぱり、僕はですね、あれですよ、あの、最初のあの~今あの~世田谷区の」
きくち「砧」
宮本 「砧のスタジオん所で僕やっぱ…ずいぶんやっぱ、そう、あの~『HEY!HEY!HEY!』その前に僕ずいぶんきくちさんにあの、せっかくあの、あの~これ、いいんですかね?言って。あの要するに、あの…」
きくち「宮本が良ければいいんじゃない?自分でも、自分でもどうしようか迷ってた」
宮本 「いやだからあの、やっぱり最初にきくちさんがこうほら、エレファントカシマシ 久しぶりに『悲しみの果て』で出てきて。よしじゃあこれで、ちょっとフジテレビの、番組っていう時に、あの呼んで頂いて夜のあの、あの近田さんがやられてる番組に僕 呼んで頂いて、近田春夫さんの」
きくち「はいはい」
宮本 「僕そん時ね、もうちょっと…まああとで見るともう完全に僕がちょっとなま、まあちょっとあれだったんですけど」
きくち「いやいや」
宮本 「ちょうどね、あん時せっかくの、あの機会をね、もう台無しにしてしまいましてね」
きくち「いやいやいやいや。あれを、語っていいんだったらほんとにでも、あれでなんか、なんだ、宮本浩次が好きになったとこが」
宮本 「あっそうなんすか(笑) で僕ね、後日談でこないだまあ、きくちさんにも言いましたけど。あのラジオ局でちょうど近田さんに」
きくち「近田さんに会ったんだね」
宮本 「けっこうもう10…年、15年ぶりぐらいに。「いや近田さん 失礼しました」つって、「いやいや いいんだよ、宮本君」つって言ってくれてまあ良かったですよ、ほんとに。っていう話がありましたね、はい、ほんと失礼な」
きくち「あれ、『MUSIC CLAMP』って、あの小室さんで『TK MUSIC CLAMP』って始めた番組の、2年目 中居がメインの時で」
宮本 「はい」
きくち「真ん中のあのカミングスーンみたいなアーティストをやってる所で来て、『悲しみの果て』を生演奏で録って」
宮本 「そこまでは良かったんですよね」
きくち「で、しかもエレカシじゃなくて宮本一人だったんだよね」
宮本 「あ~そうだったんです」
きくち「演奏はエレカシだけど」
宮本 「ええ…」
きくち「近田さんもああいう尖った、それこそあの、『考えるヒット』文春のコラムでけっこう、言いたい放題めった斬りもするような、タイプの人だから。なんかでも、あん時、あれでなんか、宮本の天才を見たっていうか」
宮本 「へへへへっ。まあでもね、やっぱりあの、ダメですよね、今でもたまに…困っちゃうんですよね、なんかその~…距離感が難しいんすね」
きくち「わかるわかるわかるわかる」
宮本 「やっぱ、近田さんも気使って言って下さってるし。まあそういうのもわかってるのにまたなんかこう、すねるっていうかねえ、まあすねるで済めばいいんですけど。そうじゃない、やっぱちゃんと、まあしっかり皆さんが、働いてるっていう中でね。しかもその、きくちさんがようやくこう、エレカシちょっと、頑張ろうよって言って…矢先にあれでしたからねえ」
きくち「いやいやいや」
宮本 「すいませんでした、ほんと…」
きくち「でもあん時、あの、今けっこうこう21世紀になって。で、まあもちろんエレカシがこうやってちゃんとやってる…っていうのもありますけど、あるけど。今あの映像っていうのはけっこうリアルで、全然なしではないと思うんですよ」
宮本 「あ~」
きくち「当時も、録ったあとに、一回トーク止めてもう一回録り直したじゃない?」
宮本 「はい」
きくち「で録り直したあとにあの~近田さんとこ行って、近田さんどうしますか?って言ったら「放送は任せます」って言われて、放送しようと思ったのよ。当時のその制作の上司が、ダメだって言って(笑)」
宮本 「あ~すいませんでした」
きくち「あの、一般的な当時の常識では流せなかったんだろうけどあれは、あれでロックな対談だったよね」
宮本 「あ~そう…まあなかなかそうですね、近田さんがそもそも、あの~テレビで司会をやってる時点でけっこうあれですしね。でもね、キャニオンの人、あん時 ここら辺ちょっとあれですけど、なんか坊主になって謝りに行ったって僕は聞いてそれもなんかやっぱ」
きくち「ほんとに?」
宮本 「そういうことあるんだなっていう」
きくち「それはたぶんね、こっちじゃなくてその~自分の、うちの上司だと思う」
宮本 「っていうことなんでしょうね。だからこの…こう、色んな人に言われちゃって」
きくち「でもあん時、あまりにもやっぱあん時の、あの『悲しみの果て』は良かったから、そのあとずっと『悲しみの果て』はまあファンの人みんなそうかも、そういうとこあるだろうけど。大事な曲になって」
宮本 「ああ~」
きくち「わりとことあるたびに『悲しみの果て』『悲しみの果て』って言って、迷惑かけてきたなとは思ってる」


■『FNS音楽特別番組 上を向いて歩こう~うたでひとつになろう日本~』
(2011年3月27日 生放送)

宮本 「でもその~1番 僕はあのこれはちょっと…あの、やっぱりその~、あれですか、震災のあとの、あの番組の中で」
きくち「あっ、そう。はいはい」
宮本 「あの~きくちさんにあの、お誘いを受けてそのやっぱあの『悲しみの果て』。あん時にね、楽屋の所からね、きくちさんがもう、常になんか、1.5メートルぐらいの所にずーっとこうやっていて。「宮本、頼む」ってこう、め…オーラでね、ずーっと付いてくれて。あんなことやられたことないです。で、それで楽屋も歌う前からもう、目の前にこうやって『悲しみの果て』こう構えてる、ここにきくちさんがいて」
きくち「ははは」
宮本 「番組の直前までこうやって、「頼むぞ、宮本!」って言葉では言わないんだけど、こうやってずっとこうやって見ててくれて」
きくち「そうだね、そうだ、覚えてる覚えてる」
宮本 「それで僕それもうずいぶん色んな意味で、やっぱこう注入っていうじゃないけどもしっかりそうやって色んな意味で。やっぱその生放送っていう所もあるし、またそういうこう番組の大事さ、っていうのも含めてなんか凄くこう、あの~まあそこ立って(笑)きくちさんが常に立ってるっていう所の、あれでこう、あの、まあなんつうんですかね、改めて襟を正して、しっかり。たぶん、あのテレビで歌った中では、たぶんもう屈指…まあほんと1番か2番の、あの『悲しみの果て』を、あの歌えて」
きくち「いや~良かったです」
宮本 「ありがとうございました」
きくち「あの時、27組 歌ってもらった中で、やっぱなんか、やっぱ1番響いた1曲っつうか、あの、震災からまだ2週間だったんだよね」
宮本 「そうでしたねえ…」
きくち「震災の16日後。で、緊急地震速報っていうのがまだたまにある時で。3時間の番組だったのかな、あの番組の中でただ1回だけ生放送で緊急地震速報入ったのが」
宮本 「あ~」
きくち「エレカシの、歌前の宮本のトークのとこだったの」
宮本 「あ~そうすか…」
きくち「それがだからまた、宮本でありエレカシなの」
宮本 「あ~そうでしたか…」


■『MUSIC FAIR』で さだまさしさんと共演
(2012年6月12日 収録)

宮本 「たまたまあの和義さんと、あの~斉藤和義さんと、一緒だったんですけど」
きくち「はいはい」
宮本 「彼が、さだまさしさんと、そのやっぱりあの~なんですか、えーっと…『MUSIC FAIR』で」
きくち「『主人公』」
宮本 「そう、歌ってる時の、映像を見てさださんとの宮本さんのね、意外や意外、そのコラボが物凄い良かったっていうか感想を」
きくち「あ~ありがとう」
宮本 「あの教えてくれて。やっぱさださんの、その『主人公』っていう歌がほんとに、僕もそうなんですけど、エレカシの歌でもいいくらいのあの凄い歌を歌う人なんだねって。まあ、もちろんさださんのことは知ってても、それ…素晴らしいコラボだったっていうことを今、斉藤和義さん言ってくれて」
きくち「いや、ほんと素晴らしかった」
宮本 「あれもありがとうございました、ほんとなんか」
きくち「いやあの、思った通りっつうかもう」
宮本 「あっそれであん時も、僕 きくちさんにあの、最初あのもう出る…ちょっとさださん ちょっとやっぱ敷居が高いから、さださんのちょっとあの勘弁してくれって僕 言ったんですよ」
きくち「はいはいはい」
宮本 「したらきくちさんがまたこう、直接あの「出てくれ、出てくれ」それでちょっとさすがにねえ、きくちさんにちょっと頼まれて。したらやっぱり、やだやだって言ってでもやっぱりやるって言って1週間ぐらい前にやっぱやって良かったですね、あんなことってないですし、さださんとね」
きくち「絶対、絶対にいいと思ったし」
宮本 「ありがとうございました、ほんとに…」
きくち「絶対にいいと思った以上の凄いもんだった」
宮本 「いやありがとうございました、ほんと」
きくち「『主人公』ってでもさださんの中でも大事な曲で、それこそあの~震災の特番の日」
宮本 「そうでしたねえ」
きくち「さださんは、神戸にいたんだけど、神戸で中継で歌ってくれたんだよね」
宮本 「あの中継で、まあもちろん素晴らしい歌手の方いっぱいいたんですけど。僕もあの、やっぱ楽屋でその中継を見てて、さださんの、その『主人公』とあとaikoさんの歌もけっこう良かったんだ あん時」
きくち「良かったねえ」
宮本 「ええ。その2人の歌が凄い印象に残ってて」
きくち「aikoもなかなか出てこないのにあそこ出てくれて凄い良かった」
宮本 「ああそうだったんですか。まあちょっと直接面識ないんですけど。そういう印象に残ってる…僕はその、まあちょっとね、僭越ながらちょっとまあ、あれなんですけど」
きくち「ああ、いやいやいや」


■ 宮本浩次は天才だと思った

きくち「なんか…つうか、ごめんあの戻るけど、さっきのあの『MUSIC CLAMP』の話がこうやって、面と向かって直接しゃべれて、それを」
宮本 「いや~ほんとにご迷惑をおかけしました」
きくち「いやいや全然そんなこと全く思ってない」
宮本 「あ~そうですか(笑)良かった。まあ何度もね、言うのもちょっと空々しいですよね、僕もね」
きくち「なんかあの、話が出来て良かったなぁと思って。これが出来るか出来ないかが今日…のポイントの1個だった」
宮本 「あ~そうですか」
きくち「でもほんと、あれで、宮本の天才を、認めたんだよね」
宮本 「そうなんですか(笑) そうか~」
きくち「自分…は天才じゃなくてまあいいとこ異才か奇才だと思うんだけど。こう、自分の仕事したり、色んなパートナーには秀才の方がいいのよ。だけど自分のこの本能として、天才が好きなのよ」
宮本 「ほぉ~そうですか」
きくち「だから、なんかエレカシのコンサート観てても、それはどんなコンサートでも、それはあの、宮本が耳 調子悪くなってやった野音でも、戻ってきた野音でも」
宮本 「ああ~、ありがとうございます…」
きくち「どれでもなんか、宮本が歌ってんのは大好きなんだよね」
宮本 「いや~ありがとうございます、ほんと。どうしよう」
きくち「ファンの皆さんごめんね、「宮本」「宮本」って呼び捨てにしてる感じで良くないですよね」
宮本 「年上なんで…年上って全然でもないですけどね(笑)」
きくち「いやいやいや」
宮本 「ええ」
きくち「今日あともう1個 最初…に宮本浩次を見つけたのが、エレカシを見つけたのがその仙台で正解で良かったなっていうのがあって」
宮本 「あ~そうですか。まあそうですよね、あん時ほんとにアヤベさんと」


■ 日比谷野外音楽堂でのライブ

宮本 「そうね、あん時ってのはちょうど僕はその…流れで、日比谷の野音で初めてライブやったんですよ」
きくち「あ~そうかそうか」
宮本 「その…日比谷の野音で、『おはよう こんにちは』だから『おはよう こんにちは』が出来た時なんです。そのZIGGY…とレッド・ウォーリアーズの、そのイベントで、『おはよう こんにちは』をほぼたぶんライブで初めて歌って。あっでも野音でも、そのイベントは野音でも同じようなのやったなぁ」
きくち「やったかもしれないね」
宮本 「『おはよう こんにちは』そこでもやって野音で『おはよう こんにちは』やるの気持ちいいなぁと思ったんだよなぁ~。それにもZIGGY出てた」
きくち「野音に流れてくイベントかもしれない、ロックサーキットって名前だったような気がするんだよね」
宮本 「ですよね、きっとそうですね」
きくち「それもたまたま仙台のやつ観たんだよ」
宮本 「あ~それでね、そうそうそう…」
きくち「その頃まだ、たぶん、いいとこ、ディレクターになりたて」
宮本 「そうですか…」
きくち「チーフADぐらいだから、自由がきかなかったんだけど」
宮本 「30周年でまあいつもきくちさんほんとに、ライブ 東京であると時間があれば必ず観に来て頂いてるし」
きくち「そうね」
宮本 「ええ、ほんと。そっか…」
きくち「野音はけっこう色んな思い出あるよ。あそこ」
宮本 「まあ長いんですよ、もう27、8…。けっこうでも、僕らにとってもファンの人たちにとって特にやっぱり野音って凄い大事なものみたいで」
きくち「大事だよね」
宮本 「絶対」
きくち「去年も、ちょっと後半降ってきたけど、降ったら降ったで盛り上がるんだよね、ライブは」
宮本 「そうなんです。だからその、それもみんな覚悟して、あの来てくれてるし。だから前あの、若い時 水かぶったりとかもしてた、それはちょっと空々しいからもう、最近はもう雨降っても水かぶんないで、やってますけど。まあ野外のだからそこもまた醍醐味で、みんな楽しみに…まあ雨降らないに越したことないんだけど。それはそれでっていうふうに」


■ 2012年10月14日の日比谷野外音楽堂

きくち「耳でさ、野音が中止になった時あったじゃん」
宮本 「あっ1回そうですね、あのまあそう、えん…やったんですけどね」
きくち「中止になったのに、あのお金取らないでっていうかファン入れて」
宮本 「ほんとみんなに迷惑…」
きくち「説明だけするみたいなイベントするっていって行ったら、歌いまくったじゃん」
宮本 「そうなんですね、あれ、あれでも最高でした。あの、あのイベントは凄くこう…あのいいイベントだったですね」
きくち「凄いイベント、まあどれもいいイベントだったけどあれは凄いいいイベントだった」
宮本 「ライブやっててあんだけ自然に、あのお客さんに対して、あの、話しかけられたの初めてで。やっぱこう、病気で、よく戻ってきたっていう所の思いっていうのは、ファンの人がある中で、僕もそういう、ほんとに嬉しいからそこにいることが、野音にいる。だからそれがこう、どっちももう、なんか伝わってて。もう、それこそ、何かこう言うと、「わははは」笑い声からその、みんながこう「うーん」って心配しちゃう所も、なんか全員、全会一致っていうか。3000人ぐらいたぶんきっといたと思うんだけど。みんなの気持ちがまあその、歌もそうなんだけどそういう、何かその空気が、まあ野音っていう、空気で何か1つになってるっていう所があって。あれはいい、あの~印象深い日、1日になって。凄いあの~楽しかったですねえ」
きくち「あれはなんか、まあ回復は始めてるとは言え、手術したあとだったのかな。とは言え、あの、まあ自分のギターで弾いて歌う…とこまでだろうと、思ってたけど。バンドでもやったよね」
宮本 「ああそう、最後の『ズレてる方がいい』っていう曲を、凄い小さい音で」
きくち「『ズレてる方がいい』」
宮本 「はい、やりまして。よく覚えてる…(笑)そうなんですよね、あれもなんか」
きくち「すげービックリしちゃった、大丈夫かなぁと思って」


■ 左耳の病気(外リンパ瘻)

宮本 「そう、だから2週間でもね、俺 初めてだったんですけど、やっぱもう46ぐらいの時に。2週間やっぱこう左の耳が、あの~聞こえなくなっちゃった、あれはちょっと」
きくち「突然なったの?」
宮本 「そうですね、あの、やっぱ…この話つまんなくないですかね?」
きくち「全然」
宮本 「こうマラソンしたりとか、体力がね、衰えてきて どうですか?45、6の時にやっぱ僕 体力がやっぱ衰えてきたなって自覚して。それで夏だったんだけど、毎日いきなり10キロ走り出したんですよ。それで毎日10キロ」
きくち「長いね、10キロ」
宮本 「10キロ。それでその、ツアー中も、雨の日も風の日もそれこそずっと、あの走ってたんだけど…。どうもそれがやっぱりちょっと、痛めつけすぎっていうかね、寝てないでも走ったりとかして、やっぱりこう変に。まあ、突然っていうことでもなくてこんな話あんまり面白くないです」
きくち「いや全然、全然」
宮本 「何しろ突然ではないです。で、あの~耳聞こえなくなるのもでも当然だっていう感じでしたね、あれはねえ。まあおかげさまでなんか、あれでもやっぱり人間そういうこう、無理すると、あのやっぱこう体を壊してしまうっていうことはやっぱ、ま、学びますね、やっぱり中年になってくると。はい」
きくち「まあ体大事だよね」
宮本 「なんですね」


■ ペットを飼ったことは?

きくち「今あの、猫派なんだけどさ、あの天才・宮本が好きなだけあって、猫が好きなんだけどさ。あの、従順な犬じゃなくて」
宮本 (頷く)
きくち「なんだけど、最近わんちゃん飼ってさ」
宮本 「はい」
きくち「で、そのわんちゃんを毎朝散歩させる、今日もだけど散歩させるんだけど。今そうやって1時間とかこう毎朝散歩してんのもなんか、大事なんだろうなって」
宮本 「あ~でしょうね、1時間もやっぱり」
きくち「うん」
宮本 「それ絶対大事ですね」
きくち「あの、犬猫とか飼ったことないよね?」
宮本 「ないですね。小鳥を昔、飼い…小学校5年の時にあの、手乗り文鳥を飼った時はあるんですけどね」


■ 小学生の時 NHK東京放送児童合唱団に入っていた

きくち「小学校の時に、あのなに、ボーイソプラノの歌手だったの?」
宮本 「あっ、ボーイソプラノじゃないんですけどそのNHK東京放送児童合唱団の、あの」
きくち「がらにもなくさ、さっきさ、Wikipedia見たわけよ。ちょっと、どうしよう宮本と思って」
宮本 「アルトですね、アルト」
きくち「アルト」
宮本 「低い方ですね、だからやっぱ…あの合唱団に行ってて。で歌を、歌うのが好きででもあの~犬とかも猫とかもほんと無邪気で、見てるとあのたまらなくなりますね」
きくち「うん、そうね、そうそうそう」
宮本 「子供の頃に歌ってました。はい」
きくち「なんでそこからロックバンドになってったの?」
宮本 「いや、いやちょっとわかんないんですけど(笑)」
きくち「バンド 高校ん時だっけ?」
宮本 「バンドですか?バンドは中学校ん時に」
きくち「中学校からか」
宮本 「あのやっぱみんな、石くんとトミがやっぱバンドやってて」
きくち「あっ、そっからか」
宮本 「そうなんですよ。それで、まあ子供ん時はほんとに合唱団でね、恥ずかしい、みんな野球とか、あのサッカーとかやってるから恥ずかしかったんですけど。でも…」
きくち「音楽の人なんだね、最初から」
宮本 「あ~まあでも、まあね、それ…ぐらいなんですよ、他がない。他にね、特徴がないんですよ。団地育ちで、兄がいて、2DKで。でまあ4人家族で父親は会社員、もちろんあのみんな真面目に、会社員ですし。自分も会社員になるもんだと思ってたし。団地で、あの大きな団地なんですけど。あの~団地の中に小学校が2つあって、中学校が1つあって。そん時に、まああの~合唱団行くと、合唱団行くと、でも気持ち 好きだったですね。あの、小学校の林間学校行かないであの合唱団の合宿に行ってました、夏休み。歌の方はやっぱ、あの好きだったですね、歌うの。はい」
きくち「合唱団は学校の外だったんでしょ?」
宮本 「そうです」
きくち「学校の組織じゃなくて」
宮本 「そうです。そしたらそのままおふくろがそこに、まあ合唱団に入れて。したらそのまま歌手になってるからもうほんとに、あの~それだけだなぁと思いますね」
きくち「いや~なんかなるべくしてなってんだなぁと思って」
宮本 「まあ~他にねえ…」


■ エレファントカシマシのメンバー

きくち「バンドメンバーとかとも会うべくして会ってんだね。中学ん時に」
宮本 「あ~そうかもしれないですね。バンドでやっぱいい仲間と出会って。幸いねえ。長く(笑)何とか、まあもうちょっと続けるつもりではいますけど」
きくち「まだまだ続けようよ」
宮本 「いや~ほんとよろしくお願いします…ああ~」
きくち「中学校からだったらじゃあ40年近くやってんだ?」
宮本 「そうです。30…そうですね、デビューだと30年ですけど」
きくち「基本的にはまあ、途中からでもあの4人だったの?」
宮本 「そうです。18の時に成治さんってあのベース、僕は15の時に。まあ中学校の同級、石くんとトミっていうドラムとギターの彼らは、中1の同級生だったんですけど。えっと、成治さんが、あの~高校から、友達になったんですね。だから僕は、18ん時に、成治さん、入ったのかな、トミの友達だったから。それからもう変わってないですね。もう32、3年ぐらいになるのかなぁ」
きくち「成治さんって呼ぶんだ。今 初めて成治さんって呼び方聞いたんだけど」
宮本 「いや、そうですね、せいちゃんっていう」
きくち「せいちゃん、せいちゃん」
宮本 「ルックスじゃないんですよ、もはや」
きくち「ははは」
宮本 「あの大人っぽいんで、成治さんっていうふうに。トミのこともトミじゃなくて、トミさんっていうふうになって。まあ石くんだけ石くんですけど。大人っぽいんで」
きくち「なんかほんっとにいい面子だよね」
宮本 「まあ…そう見えます?やっぱそう」
きくち「見える見える」
宮本 「と思うんですよねえ…」


■ きくちPは本番後 笑うまで写真を撮っていた

きくち「よく『MUSIC FAIR』の時さ、あの終わった時に写真撮ったりするじゃん」
宮本 「ええ(笑)」
きくち「してたじゃん。で、執拗に笑うまで撮ってたじゃん、宮本が」
宮本 「そうそう」
きくち「したらなんか、あの、周りの連中がいい顔してんだよねえ、みんな」
宮本 「そう…」
きくち「石くん、せいちゃん、トミ」
宮本 「笑わないと終わらないですからね、あの写真がまたね、きくちさんの」
きくち「あははは」
宮本 「あれで、でもけっこうカメラマンに羨ましがられちゃって。あの~こうやってあの(髪をかきむしったり)、こうやってあの(手を広げてポーズを取ったり)、『夢を追う旅人』っていう曲で、わざとこんなんなってやってるあの、撮った人が、「ミヤジ、ちょっと」そのカメラマンも昔からの友達だったんだけど、佐内君。彼が「ミヤジ、ちょっとテレビで、やってる時みたいにみんなで、笑う、あれやってよ」っていう」
きくち「ははは」
宮本 「やっぱこう、そういう、まあ頑張ってやってるのかもしれないと思いつつもやっぱバンドの4人が、笑ってる写真ってやっぱ大人になればなるほどみんな撮りたい…だからあれを基本にして、要するに「はい、笑って下さい」って言われると、きくちさんに言われた時と同じやり方でみんなをつねったりとかして」
きくち「あははは」
宮本 「そうすると笑うみたいな。それをこう」
きくち「そんなやり方してたんだ、あれ」
宮本 「それを技を、あの、あの最後の『MUSIC FAIR』の最後のあれで、写真で、学びました」
きくち「『MUSIC FAIR』の50周年記念のアルバムみたいなのがあって写真アルバムがあって、あれに何枚か載ってるもん」
宮本 「あはは、そうですか。あれ笑ってるのは…」
きくち「最後にスマイルって笑った写真ザーッて並べてるとこに、スマイルなのに、エレカシがここにもここにもいる」
宮本 「あはは、そうすか」
きくち「なんか素敵な仲間だなと思うよね」
宮本 「ありがとうございます。そうねえ…」


■ エレファントカシマシ『風に吹かれて』

きくち「まあほんとなんか…いい意味で重たい曲をずっと歌ってきてるよね」
宮本 「ああ~、まあ、ねえ、そうなんです」
きくち「生半可じゃ聴けないと思う」
宮本 「俺『風に吹かれて』って曲 こないだずっと聴いてて。自分の曲であれなんですけど。したらやっぱこんな暗い、悲しい曲って俺 知らなくて。悲しい曲だったんですよね。「輝く太陽はオレのもので きらめく月は」「さよならさ 今日の日よ 昨日までの優しさよ」って言ってて。もう俺 悲しくて悲しくて。自分の歌で涙出ちゃったり、悲しいんですよ。そんな重いって若い時 知らなくて。で蔦谷君が「あの曲 いい曲ですね、いい曲ですね」つって、言ってくれて。ね、デュエットでなんか曲 1回やったけど、ピアノで。その気持ちがようやく、あの~最近になってわかったなぁ。すいません、自分の話で。悲しい歌だったんですよ」
きくち「でもなんか、どんな悲しい歌でもどんな辛い歌でもなんか、宮本の声で歌うと、それを特にライブで生で聴くと、なんだろ、普通にこう…じゃなくて、こう、グーで殴られるんだ、こんな感じで来るよね」
宮本 「あっそうすか…」
きくち「それが素敵だと思う」
宮本 「今でもそのパワー持て、持ち得てるんだったらやっぱほんとに…精一杯ねえ、やっぱやんないと届かないっすよね、でもねえ、みんなバレてんですよね。ミヤジが調子いいも悪いもね、全部バレてて」
きくち「まあね、こんだけ全力で歌う人だからそれは」
宮本 「そこをまた、ああ…」
きくち「その日その日、その日のミヤジ、その日のミヤジがあるんだろうけど」
宮本 「困っちゃいますよねえ…」
きくち「いや、でも、どんなミヤジでも、そのミヤジを聴きたくてみんなやって来るわけだもん」
宮本 「うーん…」


■ 蔦谷好位置さんとの出会い

きくち「蔦谷好位置はなんで知り合ったの?」
宮本 「あっ、彼がやっぱりあの29の時、僕ら39、40ぐらいの時だったんですけど。最近はもう仕事してないんだけど、当時…レコード会社のディレクターの、人が連れてきてくれたみたいなだっけなぁ…若くてね、まだ」
きくち「蔦谷好位置と出来ちゃう、エレカシ、オッサンバンド・エレカシってカッコいいなと思った」
宮本 「いや~あの『笑顔の未来へ』っていう曲を、彼と最初にやった時 嬉しかったなぁ。凄いキラキラしてて 曲がね。あの、ちょうどやっぱり、東芝EMIとの契約が切れちゃって。新しいレコード会社でまたその『俺たちの明日』って曲と、その『笑顔の未来へ』って曲でどうやってもう1回リスタートじゃないけど。40になって中年になって、どうやってヒット曲出そうっていう時だったから。で新しい仲間で、まあYANAGIMAN…っていう、まあこう、男と、蔦谷好位置っていうその2人の男と知り合って。蔦谷好位置とその、『笑顔の未来へ』っていう曲やってやっぱほんとに、あのキラキラして、あの~なんつうんだろうな、大事な曲だったから、ほんとに嬉しかったですね」


■“大事な出会い”を手にいれている

きくち「なんか、それこそ、さださんとのやつをやってみると同じようになんか、けっこうなんか、色んな出会いをちゃんと手に入れてる…よね」
宮本 「あっ、そう、それはね、ライブハウスの時代やっぱその、そうなんです。たぶん精一杯やってると、なんかいい人って寄っ…てきてくれるんですね、やっぱこうやっぱ、なんかこう、ああ~!その言い方も甘っちょろい。もう何から何まで甘っちょろい」
きくち「いやいや」
宮本 「まあ、いいんですけど。でもね、一生懸命やってるとね、高校ん時にライブハウスの人 やっぱ反省会をね、僕らに、終わったあとに、今日こうだったな、今日はこうだったな。先輩が、ライブハウスの人たちが言ってくれるんです、10代の僕らに。次はこうしようよ、こうしようよ。ヤマハのポプコンに入った時にはヤマハのポプコンの人が、「ちょっとそれ、みんな面白いからさ、音録ろうよ」つって。『デーデ』とか、あの『ファイティングマン』とか当時、まだ18だった僕らの、あれを、ヤマハの人たちが録ってくれたりとか」
きくち「そうなんだ」
宮本 「そうなんです。だからそういうね、まあ、それこそね、あの、テレビ局の、人たちもそうですけど。だからそう、みんなそれぞれ、あの人生もあるし、それぞれの出会いってあると思うんだけど。僕らを中心にして考えると、まあその、窮(きゅう)すれば通ずで、一生懸命やって、あ~もうダメかなあ…みたいになってくると、今までは、そうやってこう一生懸命な人が、寄ってきて、「お~宮本君 カッコいいね」って言ってくれる人が現れてきました。だから、まあ、これからはねえ、やっぱちょっともうあの~50ですからねえ。まあだから、もう1回ちょっとまあ、年齢のことは置いといてね。しっかりいい歌を、歌うっていうことをやっぱりやってけば…。まあ、しっかりやっていこうと。まっ…ていうふうに思ってるんですけどねえ…」
きくち「50でも少年だよねえ」
宮本 「ははははっ」
きくち「褒めてるよ」
宮本 「いやいや(笑)」
きくち「褒めてるんだよ」
宮本 「ありがとうございます、ほんと」
きくち「いや、仲間もなんか少年、高校生バンドみたいな、仲間だなと思うし」
宮本 「でもバンドとかそのユニットってわりと、やっぱ子供の頃からの付き合いって多いみたいですね。色んな人の話聞くとねえ」


■ アルバム『All Time Best Album THE FIGHTING MAN』

きくち「そうやって録った『ファイティングマン』これタイトルじゃん。凄いよね」
宮本 「そうなんです」
きくち「30何年経って、凄いよね」
宮本 「そう。ふふ、誰かが、付け…誰かがっていうかまあ」
きくち「いやあの、正しい、正しいよね」
宮本 「色んなあれがあってそう…これがいいかなぁって、カッコ良すぎちゃったけ、恥ずかしかったけど、いいやと思って」



宮本 「これだから、時代をまあ、そのエピック、4社目なんですよ、僕ら。エピック・ソニー、からキャニオン・レコード、からその東芝EMI。でまあ吸収されてまあ」
きくち「ユニバーサル」
宮本 「ユニバ、ユニバーサルですね、4社でやってて。それでやっぱ…もう長い、その、まあ芸歴っていうかその中で、『ファイティングマン』、『今宵の月のように』『悲しみの果て』から『ガストロンジャー』最近の曲なんかを、も入れた、あのまあ、エレカシの基礎っていうふうにしてまあ編集した…んですよね」
きくち「これ、宮本が選曲したんでしょ?」
宮本 「そうなんです」
きくち「それも凄いよね。ちゃんと、本人がやってるってのが。曲順も自分が並べた?」
宮本 「はい」
きくち「ディクス分けて」
宮本 「ええ。まあ、でも、きっとさん、バンドが30年って言うとけっこうやっぱ祝福してくれることが、多くて。僕は最初ちょっと、ビックリしちゃったぐらいなんです。自分でもその30周年ってそうか、そんな凄いことなのかなってあのデビューで。でもなんか今、やっぱこのバンドでね、同じ仲間で、30年間も、あのやって、素敵だね、まあその同級生とかまあ何となく知ってて。で、あの~「素敵だね」っていう所でたぶんみんな、自分たちも何かこう、30年って、長いなぁとか短いなぁとかわかんないけど みんなも思うとこがあって。何かちょっと、まあ大袈裟じゃなく…なんかまあ、「良かったね、仲間で4人で、出来てね」っていう何かそういうね、なんかこう、祝福の言葉を、ようやく最初ちょっと恥ずかしがらないであの、聞けるようになりましたね。まあいいやと30周年ぐらいもう祝ってもらっちゃおう…いうふうに思ってます、もう、ほんと、はい。へへ」
きくち「4人の感じ、4人の笑顔の感じが最高だよ、ほんとに。これ3000円なの?」
宮本 「そうです。あの30周年、えーと、30周年、30曲、3000円」
きくち「安すぎない?」
宮本 「…そうなんですか?」
きくち「安いんじゃないかなぁ、いくら何でも。15曲 15曲で、30曲で3000円か」
宮本 「そうか、安いのかなぁ…」
きくち「うん、これだって、宮本が自分で選曲して、分けて並べて」
宮本 「ふふ」
きくち「リマスタリング。聴き込みますよ」
宮本 「ははは。これね、こっちであの、初回盤っていうので、あの~近藤等則さんっていうトランペッターの方と」
きくち「あ~近藤さん」
宮本 「日比谷の野音でやってる、演奏とか。あとこれ『ファイティングマン』は、あの1988年に、あの渋谷公会堂で電気つけっぱなしで、コンサート最初にやった時の」
きくち「ああ~はいはいはい」
宮本 「その~ほんとに30年ぐらい前の、あの~その映像がなんか最近発見された つって、そういうのが入ってて。これ、そんなに、値段変わんないから、もしかすると初回盤、ファンの人なら初回盤 お勧めかなっていうふうには、思ったりして」
きくち「それで4200円安いじゃん」
宮本 「でももうちょっとなんかね、こないだ見たら、ちょっと…。けっこう、それちょっと映像が付いててけっこうそれも、ベスト盤みたいにして、あの、あの組んだんで。お勧めかなぁとは思ったんですけど。まあでもそんなお勧めって俺がお勧めすんの変ですよね」
きくち「はははは。95年のシェルターとか入ってんだ?もう片方のやつに」
宮本 「『悲しみの果て』最初にやった時のね、はい。まあお勧めしだしちゃうとあれなんですけどまあでも、僕はこれは本当は、その30周年 30曲 3000円っていうのが、僕はそれが、フェスとかと一緒だし。なんかそのシングル、的な、そういう、『翳りゆく部屋』も入ってるし、その大事な曲としてね。『ファイティングマン』も『今宵の月のように』も『ガストロンジャー』も、入ってるっていう所で、それでいいんじゃないかって思ってたんだけど。豪華盤(デラックス盤)っていうのがあってそれは、もう子供時代の、これはもう、予約販売らしいんですけど。その、子供時代のそれは僕…こういうふうにした…曲はみんな持ってるんだから、どうせだったら子供時代の4人の写真とか、もう親父になった時のファーストアルバムのモチーフにした顔の、写真を入れたりとか」
きくち「エレカシ50年の歩み」
宮本 「それをそう、それをこう年表にして俺がもう全部それ解説、もう1曲1曲アルバムの解説も書くし、そういうのにしたらどうだ つって。したらやることが、いっぱいになっちゃってみんなもうギリギリになっちゃったんだけど、けっこうそれはそれで、あの力作なんですよ。でも、それは予約販売なんで(笑)」
きくち「これ今から買えませんかね」



きくち「これに楽曲コメントとか入ってたんだね」
宮本 「そうなんですよ、これも1曲1曲」
きくち「ちゃんと読めって話だね」
宮本 「いやいや、そんなのいいんす。そんなのちっちゃいし、字も」
きくち「いやいや」
宮本 「そんなあの~大丈夫ですんで」
きくち「“我が10代20代に培った思想の…『ガストロンジャー』”」
宮本 「あははは!すいません、ほんとに」
きくち「“手元のリズムボックスとMTRとギターで作り上げた”素敵だねえ」
宮本 「そうなんです、当時ね。短い方がいいかなと思って。前、長めのコメントしたらちょっと、鼻についたんでちょっと短めのコメントを、1曲1曲にちょっとそうやって自分で書いて」
きくち「当然、あんな、詞を書いて歌うぐらいだから、文も素晴らしいよね」
宮本 「いやどうなんでしょうか」
きくち「それが凄いと思うのが、まあもちろん凄い人はその…そうなのかもしれないけど。こんな凄いボーカリストがこんな凄い天才ボーカリストがさ、天才ソングライターって凄いよなと思う」
宮本 「はは…」


■ 小林武史さんとニューヨークでレコーディング

きくち「小林武史さんともやってんのね」
宮本 「そうです」
きくち「けっこう色んなことやって」
宮本 「ニューヨークであの人 ニューヨークにスタジオがあって。ちょうどテロの年でね」
きくち「ああ~」
宮本 「テロから1週間後にニューヨークの、チェルシーって、あの…まだ煙立ってましたよ。その世界貿易センターの。で誰も、飛行機 乗ってないから。であの~もう、全日空のスチュワーデスさんが、今はスチュワーデスって言わない、客室乗務員の人が、あの「宮本さんほら、アラスカが見えますよ、珍しいでしょ」つってあの、もう暇なもんだから。ニューヨークにその時期に行く日本人が全然いなくて、俺だけしか乗ってないから。「宮本さんほら、アラスカが見えますよ~」って、「あ~あれアラスカですか」みたいな。でニューヨーク行って、小林さんのまあ、スタジオ凄い、いいスタジオがチェルシーにあって。で、唯一のニューヨーク・レコーディング、小林武史さん」
きくち「それもそん時にニューヨーク行くようになってたんだね」
宮本 「ははは…まあ、そうですよねえ」
きくち「なんか、ニューヨークもそうやって行くべくしてそういう時に行ってんだなぁ。きっと」
宮本 「懐かしいですね、唯一の。はい、海外レコーディング」


■ 以前 きくちP番組宣伝用コメントの件で宮本から電話が…

きくち「あとさ、あの、亀田さんの時 迷惑かけて悪かったね」
宮本 「えっ?」
きくち「あの亀田さんの時」
宮本 「あっ細かいことですいません」
きくち「番組のコメント」
宮本 「いやすいません」
きくち「宣伝でちょっとなんか、間違った表現しちゃって」
宮本 「いや、間違ってないんですよ」
きくち「電話もらっちゃって」
宮本 「でもやっぱちょっとまあ、でも、そうなんです、きくちさんね」
きくち「いや悪かった、あれはほんと」
宮本 「でも、でも、き…きず…メンバーをちょっと傷つけちゃったかなぁっていうのがちょっとあって」
きくち「ほんっとごめん悪かった」
宮本 「いや すいません。いや、全然、悪くないんですよ。悪くないんですけど、それはやっぱこう一緒…ってこう…全然きくちさんは茶化されてないのも知ってるんですけど。すいませんでした、かえって」
きくち「いやほんとごめん、なんか理解が足んなかったんだ、あれほんと悪かった。反省したよ、ほんとごめんなさい。それは今日謝っておこうと思った」
宮本 「…やめてください(笑)きくちさん」


■ ワンアンドオンリーな宮本が色々な方と仕事をしているのが凄い

きくち「そうやって、色んなミュージシャン こんなさ、ワンアンドオンリーな、エレカシが宮本浩次が色んなミュージシャンとこう、やってみてる感じとか凄いなぁと思うよ」
宮本 「きくちさんでもね、僕はちょっとやっぱ中途半端…いや自分で言っちゃいけないな。でもそういうもんですよね。そう!だからしっかり歌を、歌う…たい。そうすっとやっぱこう、バンドやっぱ4人で、やってるでしょ。だからこう、自分の、こう…って何だろうってやっぱ確認したくなった時に、やっぱそういうこう新しい、まあ蔦谷さんもそうだけど今の村山さんもそうだし、まあ亀田さんも小林さんもそうだけど、まあ佐久間正英さんもそうだけど。あの、そういうやっぱりこう、優れた、クリエーターと、まみえる。で、まあ、それこそなんかそういう、異業種の人っていうのもやっぱりいいですね。音楽仲間っていうのもいいし、自分はやっぱ温室の中にいるような気がして。実際そうでもないのか、わかんないんですけど。はい。でもそういう色んな、クリエーターと出会うのはほんとに、あの~大事っていうかやっぱり。あの、大事なことですね。あの、傷ついたり、あの…悔しかったり、っていう思いを、もちろんみんなしてるんだけど、僕も、なるべくするようにっていうか。まあ、無理しちゃいけないんですけど。そういうふうには、しています。はい」


■『LOVE LOVE あいしてる』
(1999年5月22日放送『サムライ』)
(2000年4月22日放送『青春時代』)

きくち「あの、『悲しみの果て』に、の次にさ、なんか凄い大きな自分の中で、重しになってるというか、キーポイントになってる曲が、『ガストロンジャー』で。で、『LOVE LOVE あいしてる』の時に『ガストロンジャー』やったじゃん」
宮本 「ああ~やりましたね…」
きくち「『LOVE LOVE あいしてる』なのに『ガストロンジャー』やったじゃん。すげーよなぁ」
宮本 「ありがとうございます。でもそうですね、確かに。みんなでも凄く真剣に一生懸命、歌ってくれて一緒に」
きくち「やってた、やってた」
宮本 「懐かしいですねえ」
きくち「『LOVE LOVE あいしてる』って4年半しかやってなかったんだけど」
宮本 「あっ、そうですか、すいぶん密度の、なんか濃い感じでしたねえ」
きくち「濃い。あん時、あの、データっていうか、シーケンスつうか、コンピューターっていうか、データ出しした曲は当時まだ1曲もなかったの。『堂本兄弟』になってからは、KinKiの新曲とかで、そうじゃないと再現出来ないような曲がいっぱい出てきたからあれなんだけど。『LOVE LOVE あいしてる』の時に、ただ1回『ガストロンジャー』でループを回した、ループの音出した、のが」
宮本 「ループの音出したんでしたっけ」
きくち「出した、あん時。『ガストロンジャー』だけ」
宮本 「ああ~」
きくち「でも4年半で、でもそれが絶対必要だと思ったのよ。あんな生、生、言っときながら」
宮本 「あ~」
きくち「あれの曲 あの曲は凄いなんか」
宮本 「いやでも誰かギタリストの方が、あん時「このギターリフ」もう初めてだったんです、外部の方っていうのか、もちろんあの~KinKiの2人もそうだけど、そのミュージシャンの方々。あん時 ちょっと名前…」
きくち「鳥山さんかなぁ」
宮本 「あ~「凄いこのリフ、カッコいいね」って、僕らもうガチガチに緊張してたし、その『ガストロンジャー』初めてやるっていうんで」
きくち「あ~そうなんだ」
宮本 「でみんなやっぱ緊張してて。先輩のミュージシャンの方が、サラッと言ってくれたのが僕 凄い嬉しかったですね。「このリフ、カッコいいねえ!」ってこう、パッとこう言ってくれて誰かが。名前を、誰かって名前忘れちゃってるのがちょっと無責任なんですけど」
きくち「はははは」
宮本 「先輩の誰かから言ってくれて、それはもう僕らもずいぶん緊張がほぐれたし。あれでもあの『青春時代』、それこそ『LOVE LOVE あいしてる』だったっけなぁ…『青春時代』」
きくち「そうそう、『青春時代』」
宮本 「ジュリーの、あの~それこそ『サムライ』を最初に」
きくち「『サムライ』もやった」
宮本 「そう、やって。それからそうかこうやってコラボのね、楽しさっていうのを。 昔 ソウル・フラワー・ユニオンの中川君っていう、あの凄い、素晴らしいミュージシャンがいるんだけど。彼に、散々コラボやろやろって言われてて、「いや僕はコラボは出来ない。出来ない」つって、あっさりあの、きくちさんに言われてあの」
きくち「ははは」
宮本 「ジュリーやっちゃって、俺ちょっと顔が立たねえ 中川さんに みたいなちょっと思った時があって」
きくち「『サムライ』」
宮本 「そう…(笑)ソウル・フラワー・ユニオン、ニューエスト・モデルの時から「宮本君 ちょっと、やろうよ。なんか最後に」って。絶対傷ついてると思うんですよねえ」
きくち「ははは」
宮本 「で きくちさんに、「わかった、やります」みたいにそれやってみるとけっこう」
きくち「あれでも良かったよね」
宮本 「楽しかった。それで『青春時代』も大好きな歌で、森田公一と…」

宮本 「あれはやり出すとやっぱあのカラオケで、マイク離さない人の気持ちがわかるっていうか。ほんとに日本って素晴らしい曲がいっぱいあって。コラボの楽しさをやっぱちょっとあの~番組でちょっと、知らしめられたっていうか。まあその後のやっぱ、あのさださんの『主人公』もそうですけど」
きくち「宮本…が歌うと、宮本の歌になるから凄いよね」


■『僕らの音楽』
(2008年2月15日放送『翳りゆく部屋』)

きくち「あの~さ、あの、けっこう色んなさ、2人で、共通のトラブルいっぱい巻き込まれてると思うんだけど」
宮本 「はは…」
きくち「『僕らの音楽』の時さ、あの当日 泉谷さんが来なかった時あって」
宮本 「あ~ありましたね」
きくち「で、あん時」
宮本 「はははは」
きくち「どうしようって相談に行ったんだよね。したらば、あの、『翳りゆく部屋』」
宮本 「いや幸いよ…まあ良かったつっちゃいけない、幸いあん時は『翳りゆく部屋』をカバーしてて。あの助かったですよ、あん時は、むしろ助かったって思いましたね、カバーやっといて」
きくち「あれは名演だよねえ」
宮本 「いやありがとうございます。あれ未だにみんな見て。 つうかそのね、偶然、やってて良かったですよ。「カバーの曲なんかない?」って言われて、「あっ1曲やってるのがありました」つって。そうねえ…」
きくち「なんかね、最近 ももクロと、番組やってて、坂崎さんと」
宮本 「はい」
きくち「ももクロの一番 歌が歌える子が緑の子が、あの、『翳りゆく部屋』まあユーミンの曲を色々カバーする流れになってて。武部さんだったんです。『翳りゆく部屋』やることになった時に、エレカシの『翳りゆく部屋』見ろって言ったの」
宮本 「ええ」
きくち「でももう見てたのよ、やっぱり」
宮本 「へえ~」
きくち「みんなが見るのが、『翳りゆく部屋』ユーミン以外が歌って正しい『翳りゆく部屋』って、今んとこ知ってるのはあれしかないの」
宮本 「ああ…」
きくち「ユーミンって凄い抑揚のないっていうかユーミンだから、っていうこう歌うたう…じゃないですか。で誰が歌ってもなかなかあのユーミンのあの感じには行けないんだけど、宮本は全然違うとこで、こんなふうにやってたから、『翳りゆく部屋』」
宮本 「ははは、ありがとうございます」
きくち「なんか宮本浩次が歌うと凄いよね、どの曲でも」
宮本 「ああ…まあ、その、まあ、ああ~すいません。まあでも合唱団に行ってたからかなぁ…。もしそうだとしたらあの、歌が好きだし、その歌がやっぱ好き、好きになってしまう…んですよねえ。まあ、『翳りゆく部屋』はもちろんもっともっと凄く、あの大好きな歌だし、絶対、大好きっていうか、あの絶対作れない、ほんとのラブソングって僕は思ってたし。なんですけど、ほんとにいい歌いっぱいあって」


■ 歌謡曲も大好き

きくち「歌謡曲もけっこう、詳しい、意外と」
宮本 「いや大好き…そうなんです、大好きなんです。詳しい…でも子供の頃にやっぱ僕らが、あの僕はロック…も全然聴かなかったし。あのメンバーなんかみんなキッスが、お兄ちゃんがいたりとかしてキッスや、それこそビートルズ、ストーンズとか、色々、教えてもらったんだけど。もちろん清志郎、あの~RCサクセションとかも、彼らから教わったんだけど。僕が聴くのはやっぱり、あの~歌謡曲だったんです。それこそピンクレディーとか、松田聖子さんとか、あの沢田研二さんとか。もうほんとにあの~来週『ベストテン』誰が1位になるかなっていうのをほんとに毎週毎週ラジオで、またあの、楽しみにしてたし、テレビでももちろん楽しみにしてたし。そういう…歌謡曲なんですよね」
きくち「歌謡曲がキラキラしてた時代だね」
宮本 「そうなんです」
きくち「メロディー強かったし。歌も強いんだよね、あの頃」
宮本 「そうなんですよ、皆さんやっぱりその、そういうものをやっぱり見て」


■ 宮本が読んでいる本がニーチェだった

きくち「話がとっ散らかるんだけど、その『翳りゆく部屋』の時にさ、そん時も言ったと思うんだけど。普通に文庫本持って歩いてて、何読んでんの?って言ったらニーチェだったの」
宮本 「あはは、そうでした? 恥ずかしいですね」
きくち「いやいや全然全然、なんか…」
宮本 「あれもでも解説が付いてないとわかんないですね」
きくち「まあね」
宮本 「やっぱこう日本語っていうのもあ…翻訳っていうのもあるんでしょうけど。だから、ああいう外国のものってのは最終的には、でも解説が付いてると、誰のこと言ってる誰のこと言ってるつってまた僕はだから、同じのニーチェの、なかなか読み終わらないんですけどまた読んでて。したら今度 解説の本を1冊、用意して。それと一緒に読むとちょっと色々、あっこれは、なんか、凄い神秘的なことを言ってるんだ 意外にこう、近しいこと言ってたりとかして。はい」
きくち「学者じゃない限りさ、なんか高校生ぐらいがわかった気になってニーチェ読むのとかはわかるのよ。それやっぱ宮本浩次がニーチェってのがなんか凄い、あまりにもハマりすぎてて」
宮本 「(吹き出して)…すいません、ほんとお恥ずかしい」
きくち「いやなんてカッコいいんだろうと思ったよ、そん時も」
宮本 「お恥ずかしい…」
きくち「なんか、そんなことばっかりなんだけどさ」
宮本 「ありがとうございます、ほんと」


■ 『HEY!HEY!HEY!』

きくち「あとなんか、さっきWikipedia見てて申し訳ないなと思ったのは、『HEY!HEY!HEY!』でなんかあんなに盛り上がっちゃって悪かったね」
宮本 「『HEY!HEY!HEY!』ですか?」
きくち「『HEY!HEY!HEY!』でさ、なんか『HEY!HEY!HEY!』の、なんかバラエティ音楽番組でなんかちょっと、あの面白いキャラになっちゃったからどうこうみたいなことが書いてあって」
宮本 「いやいやいやあれ僕は…」
きくち「それもなんか悪かったなぁと」
宮本 「いや…」
きくち「よく色んな人にそれを言われるよなぁと思って」
宮本 「あのダウンタウンのお二方っていうのが、僕は、やっぱりこういう喋り方をするものですから、なかなかそのメンバー…まあこれもたぶんよそ行きの喋り方なんですよ、どっかしらやっぱこうカメラも。あのきくちさんとサシの、時と、またちょっと違うのかもしれないです、やっぱこう意識して。でやっぱ、あのダウンタウンの、『HEY!HEY!HEY!』っていう番組は、まあだからこそ、まあ偉大だった、偉大なんだと、偉大だったんだと思うんですよ、その番組、『HEY!HEY!HEY!』。その、やっぱりこう、話す、もうストレートに話しやすかったんで僕はあの。でこう、あんなに話しやすい人いないっていうぐらい話しやすくて」
きくち「ははは」
宮本 「ビックリしちゃったんですよ!」
きくち「もう1回目から2人ともね、宮本浩次 大好きだから」
宮本 「思ってることが言える」
きくち「うん」
宮本 「それをこうみんなが笑ってる。で普通だと、しらけちゃったりとか、ちょっと場がこう、なんていうかこう、むしろこう殺伐とするようなことを言ってても、彼らがひとこと言う…ったことで、それはみんな笑ってるって、衝撃的な、出来事だったんです。それこそ『ガストロンジャー』で最初出たの僕は覚えてるけど。もう あれっ!?って、こんな凄い、こう、逆転の定理じゃないけど、起こってるっていうのが、僕にとっても驚きだったし。凄かったですね。でそのあとやっぱ色々ね、その~その流れでやっぱりこう、浜田さんからドラマ、誘ってもらったりとか色々そういう」
きくち「ドラマ出てたね」
宮本 「そう、あって。なんか忘れられないやっぱりそういう、衝撃的な、あの、出来事だったし。やっぱ最高の時間でしたね。はい」
きくち「なんか、一流の者同士がこうぶつかる、異種格闘技でなんか、好きだったんだけど」
宮本 「ははは」
きくち「でもなんかあまりにも盛り上がりすぎて。さっきWikipediaでなんかバラエティ音楽番組とか、あ~確かに悪かったなぁと」
宮本 「いやぁ…」
きくち「やりすぎたなぁと思ったとこがちょっと」
宮本 「いやそうですかねえ…」
きくち「うん…ごめん、でもなんかあの、嫌な思い出じゃないんだったら」
宮本 「いや~全くそれどころかほんとに」

きくち「小沢健二ってオザケンって知ってる?」
宮本 「はい」
きくち「まあ言い方悪いけど、ダウンタウンにとっては、あの 宮本と同じように、盛り上がるアイテムだったのよ」
宮本 「うんうん…」
きくち「凄いなんか面白くて」
宮本 「ああ……面識ないんですけどね」
きくち「うんうん。オザケン最後に、最後に小沢と話し、なんか、あのミュージシャンやめてアメリカに行く流れの時かな。時に、電話かかってきて、「きくちさんと『HEY!HEY!HEY!』のせいで、僕の音楽人生めちゃくちゃだ」みたいなことを言われて切られて。悪かったな…」
宮本 「冗談ですよね?きっと」
きくち「いやいやたぶんほんとに言ってたと思う」
宮本 「本気で言ってんの…」
きくち「今はそんなことない」
宮本 「あはは、面白いことを言われてますね」
きくち「今は許してるみたいだけど。当時はけっこうなんか、悪かったなぁと思って。でもなんか最近はなんかもう、あの頃のことも許してるみたいだからまあいいんだけどさ」
宮本 「うーん、色々あるんすね、やっぱねえ」
きくち「ちょっと、ちょっとさっきWikipedia見てなんか悪かったなぁと思ったとこもあったんだよ。ごめんごめんごめん」
宮本 「いやいや(笑)大丈夫ですよ」
きくち「楽しい思い出だったらいいよ、大丈夫」
宮本 「うんうんうん。あっ僕はですよ、僕は全然やっぱりこう、新たな…世界を、見たっていうか。度肝抜かれました。あの色んな、あれが好手(?)でした。その、まあそれ以外にも色々、あったんですけど。もう…かくはんしてもらってね」
きくち「たぶんでもなんか、新しい層…に聴いてもらうきっかけにはなったと思う」
宮本 「そうだと思う、未だにたぶんそうだと思いますよ。たぶんそういう、何か、やっぱこういう…僕はよくわかんないんですけど。若い子がけっこうやっぱり、コンサートなんか来てくれると、たぶんそういう僕らの若い時の何かやっぱテレビとか、それこそ『HEY!HEY!HEY!』とかを、見てるんじゃないかなと思うんですね。だから、そうすっと彼らから見ると、20代30代前半の、僕ら…を見てるっていう。でまあ(自分を指して)実はこんなこれなんですけど(笑)。色んなやっぱ、時代っていうのがあって、テレビの、うーん」

宮本 「きくちさんはほんとに音楽畑に、まあ音楽畑っていう言い方は…ずーっとやっぱ音楽の、その、部署に、やっぱりいてその専門的に、音楽をもう一本でやられてるじゃないですか。やっぱそういう」
きくち「たまたまだよね」
宮本 「あっ、こうやっぱ移動とかあるんですか?」
きくち「あ~まあまあ今も移動してんだけどさ。それでなんか今は今で、あの一生懸命 伝えることをやってるし。なんせ今 時代がそのテレビじゃなくてネットじゃないかみたいな所に来てる所もあるから。今とてもいい経験積んでると思うんだけど」


■ インターネットはお買い物をするのに便利

宮本 「お買い物するのには便利ですね、 でもね」
きくち「ポチって」
宮本 「そう、あの~、石くんにやってもらっちゃったりとかするんですけど。外国の所からお買い物出来たりとかして」
きくち「ああ。石くんはそういうの得意なんだ?」
宮本 「あっ、でも俺 一回 浮世絵を外国の浮世絵屋から買った時あって、それがあっさり…日本の郵便局に届いた時は感動しましたね」
きくち「ほんとに?」
宮本 「僕は英語のなんかこうやって(キーボードを人差し指で打って)あの、翻訳みたいなので、こうやってやって送ったらたぶん絶対変な…英語になってるからたぶん絶対変な(笑)こと言ってるぞ、こいつっていうふうに思いながら返事が返ってくるんだけど。一応 お便りも出来て、浮世絵。外国の、アメリカの浮世絵屋さんと、やり取りして、そしたら最後の最後に、もうオチみたいにしてちゃんと家の近所の郵便局に、その浮世絵が送られてきて。それを手に取った時は外国と、あの取り引きしたあとみたい、凄い嬉しかった。もう10年ぐらい前ですけどね。最初で最後の、外国のお買い物」
きくち「それは素晴らしいね。海外とネットでやるの、ちょっと怖いなと思っちゃうけど。そうか、そうやって日本の文化 好きだよね」
宮本 「…そうですね(笑)」
きくち「ニーチェだけじゃなくて、日本の古典もいっぱい読むもんね」
宮本 「い~やぁ、そうでもないっすよ、やっぱね、僕の、僕の良い所つっちゃあれなんですけど」


■ “どれも本物じゃない”けど“歌は本物”

宮本 「僕の良い所はですね、どれをやっても本物じゃないんですよ。何となく全部、良くも悪くもね……上っ面なんだよね。だからそこが、でも歌は、本物なんですよ。で、そのギャップがいいんだよね。だから俺が、ほんとの意味でそのやっぱり、ニーチェとか、骨董品とかもそうだけど、その古美術品とかもそうだけど。まあでも古美術品はややちょっとやっぱり…見る目がちょっとあるような感じもするけど、センスというかね。でも、まあそういうこう古典とかその辺に関しては、全部、い…上っ面ですからね。それ」
きくち「そう言い切っちゃう所がカッコいいよなぁ」
宮本 「そうですか? いや~でね、やっぱ歌…でも歌は本物ってとこがたぶん凄く。で、団地育ちでしょ。もしかするとその辺になんか答えがあるんじゃないかって、自分ではちょっと睨んでるんですけどね。わかんないんですけどねえ。ファンの人なら、の方がもしかしたらわかってる」
きくち「宮本浩次ってもののこの」
宮本 「そう」
きくち「根源っつうか」
宮本 「団地育ち。そう、だから結局、あの、まあ神田明神のね、氏子でやっぱあのお神輿 担いでるのもカッコいいんですよ。地元のやっぱその~、でも僕はやっぱり団地育ちで、東京つっても…そういう団地育ちっていう所も、日本のなんかその伝統的ななんか、何代も続くこう旧家の出でもないし。凄く憧れてますよ、そういうものに憧れてるけど。でもなんかその団地育ちでしかも何を、やってもこう、本物じゃない感じっていうのは凄く、まあある種 その『ガストロンジャー』じゃないけど、その、高度経済成長の真っ只中に俺は人となってみたいな、じゃないけど。そういうなんかこう……“流浪の民”感っていうか、それをちょっとたぶん世代として、あの持ってて、それがちゃんとこう、ファンの人っていうのは肌触りで、あの~同世代もそうだけど、ある程度の若い人からも、その~支持、支持を得るって言っちゃ変だけど、昔の曲かもしれないけどね。それはたぶんその、皮膚感覚はやっぱもちろん、若くはないけど、でもその、何か“流浪の民”感、どれか本物じゃない、あのその日本の民じゃないけど。まあわかんない、そう そうやってちょっとまたちょっと…そういうとこがちょっと、あの、エレファントカシマシカシマシの、あの、持ち味でもあるのかなってちょっと思ったりもする、ふうにはなってんですけどね」
きくち「深いねえ」
宮本 「いやわかんないですけど(笑)はい」

きくち「だけどその宮本のイキきってる感じが、ほんとに天才だと思うから」
宮本 「…いや イキきりたいすよねえ、(頭をかきむしりながら)でも頑張ります。もう、まだまだ、ね、さださん、もそうですし、まあもうほんとに、日本にも外国にもほんとに凄い…。ああ~!でも今からなるもんでもないんでちょっと、さらけ出せればいいですよね、もっとね」
きくち「そうね、なんか、まだまだずっと歌うでしょ」
宮本 「あ~それはもう歌は、もう頑張ります」
きくち「ねえ」
宮本 「はい。歌はもう絶対歌うんで。まあでも何とかねえ、ほんとにきくちさんほんとに…あの楽しい、い…いい場面もありましたよね?今日もね」
きくち「あったあった」
宮本 「切り取って頂いて」
きくち「あったと思う、あったと思う、あったと思うよ」
宮本 「ええ」
きくち「ふふふ…」


■ 宮本が思う きくちP

宮本 「なんかやっぱり、独特のやっぱきくちさんっていうやっぱりこう一つのせ、世界で。何かそういう、なんだろうな、どんなこともその、あ~じゃあこの人は、心を許して大丈夫かなっていうと、ちょっとフックが来たり。でまたちょっとこの、きくちさんのそのなんかこう、なんか裸の、自分を見せようかなと思うと、ちょっとこうまた、変化球で、なんかこう、色々ちょっとこうまた、鋭い球が来たりとかして。凄くなんかやっぱこう、あのきくちさんってやっぱり、あの~ほんとに、あのまあ、凄いテレビマンだなって、ご…ご本人の前で言うことじゃないんだけど」
きくち「いやいやいや」
宮本 「改めてそういうなんかこういう方がやっぱりその、あの日本の、まあ音楽。あんまり言っちゃうと、他のテレビ局 出られなくなっちゃうとあれなんですけど」
きくち「いやいやいや」
宮本 「でもそういうふうに、心から、元々 僕は思ってたんですけど、改めてなんかその、あの直球だけじゃなくて変化球も。こうやって話してても、その~あくまできくちワールドの中に、参加…を、テレビのワールド、きくちのテレビワールドの中に、僕も、あの、1人の、その参加者として、なんか参加…させられてるっていうのを改めて思って」
きくち「ごめん、なんか…」
宮本 「いや、違うんです、違うんですよ。だから凄くこう、あの~きくちさんは、やっぱりきくちさん!」
きくち「はははは」
宮本 「凄くありがとうございました、ほんとに」
きくち「それはほんと」
宮本 「またぜひライブにも、来て頂きたくて」
きくち「もちろん、もちろん、もちろん」
宮本 「また、また(両手を広げて)こんなので良ければ呼んで頂いて」
きくち「いや~ほんとほんと」
宮本 「ありがとうございます、ほんとに」
きくち「野音もいいけど武道館もいいよね。武道館ってライブハウスだよね。エレカシ見てると武道館はライブハウスだと思うわ」
宮本 「いつも…これは入れるように来年とかも来てくれるようにちょっと頑張りたいと思うんですけど」


■ 差し入れが一升瓶からパンになったのは…

宮本 「あの持ってきて頂けるものが一升瓶からパンになったのは何かやっぱり理由はあるんですか?」
スタッフ(笑)
きくち「あんまお酒呑まなくなったかなぁと」
宮本 「あ~…週に2回、まっ元々そんなでも日本酒はけっこう僕 熱燗、熱燗になると呑むんですよね。一合…三合ぐらいかな」
きくち「じゃあ熱燗にいいお酒持ってくわ」
宮本 「いや、でもね、うちではあんま呑まないんで、あの~実は、あのこのパンほんとにあの…あっこれ、すいません、催促してるわけじゃないんで」
きくち「あ~全然 全然」
宮本 「ええ。気が、思い出した時だけであの大丈夫なんで」
きくち「メンバーは呑むの?トミとか呑みそうな感じ」
宮本 「もう呑まなくなっちゃったんですよ」
きくち「あ、そうなんだ」
宮本 「誰も呑まなくなっちゃって。僕も元々…」
きくち「見かけで言うと一番せいちゃんが呑みそうな感じ」
宮本 「せいちゃんもこの間やめましたね、半年ぐらい前に、やめちゃって」
きくち「そうなんだ」
宮本 「ええ、みんなやめちゃいましたね。で僕が一番呑まなかったんですけど、一番呑まない僕が一番、残ってるっていうか細々と呑み続けてるっていう」
きくち「健康でロックやってくのが大事だよね」
宮本 「あ~もう、そういうことなのかなぁ、長く、歌うってまあ…」
きくち「だって10年後も20年後もエレカシ聴きたいもん、宮本の歌 聴きたいもんね」
宮本 「マジすか」
きくち「マジマジ」
宮本 「そう、でも歌を歌えるんだったらやっぱそっち…みんなね、言うんです。でも、歌が、背に腹は代えられないですからね。まあ、なるべく、健康じゃあ、ちょっと」
きくち「ははは」
宮本 「維持して、あのいい歌を、歌えるようにと(笑)まあ努力、4人でしようかと思います」
きくち「もうランニングはしてない?」
宮本 「いや、ぼちぼちちょっと、あの治ってきたんで。腹筋・背筋はやるんですけど、ちょっとランニングもやりたいですね」
きくち「あ~でもけっこうフィジカルなんだね」
宮本 「かなりそうですね」
きくち「体型変わんないもんね」
宮本 「はい」
きくち「ずーっと」
宮本 「はい。たまにまとめてだからこういうパンとかを、凄い食べちゃったり美味しいんで」
きくち「ははは」
宮本 「週に1回ぐらいですけどね」


きくち「どうも、ありがとうございました。なんか、こんなんでまとまっていいのかどうか、あれなんだけど。でも今日は一番はとりあえずあのほんとその…『MUSIC CLAMP』の話が出来て良かった、ほんとごめんなさい。色々でも、あれで、宮本を見つけたと、思って下さい」
宮本 「いや~ありがとうございます。こちらこそ、お世話になりました。お世話になります。今後ともよろしくお願いします…」




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