suicide bambi

パンクロックからお笑いまで、気になることを気まぐれに。

風と共に

エレカシの曲はいつも風が吹いている。


というか、歌詞によく風が出てくる。

風は希望の象徴なのか
見えない何かを風に例えるのか

エレカシの新曲『風と共に』を聴いている。

ラジオで流れたのを録音して聴いていると
「みんなのうた」感はあまり感じない。
ただ、歌い出しがとても優しい。

「そうさ 私は風の旅人」
「あなたは笑うでしょう 私の小さな祈りを」
「私は今を生きていきたい」
「風よ どうか私に
 相応しい 光へ導いてくれ」

一人称の「私」がたくさん出てくる。
そして、風を感じる。

「そうさ 私は出かけて行く」

自らの半生を振り返って書き下ろした曲
と思って聴くと、頭の中に浮かぶその姿は
出かけて行くのは完全に宮本浩次である。

「みんなのうた」というより
「宮本浩次のうた」のように感じる。

その後、テレビの方の映像を見たら
アニメーションで女の人が描かれていて
印象がだいぶ変わってくる。

急に「みんなのうた」感が押し寄せてくる。
宮本浩次が歌う「みんなのうた」になる。
登場人物が女の人のイメージになってしまう。

映像と共に聴くのと、曲のみで聴くのと
こんなに違うものかと実感してしまった。

映像には歌詞のテロップが付いている。
曲先行で聴くと、歌詞を自分で探っていくので
それはそれで楽しかったりもする。

「傷つくことを恐れて
 立ち止まったり 逡巡したり」
という歌詞がある。

最初、「心中したり」に聴こえて
不穏な人生を一瞬 想像してしまったり。
いや、しゅんじゅう…みたいな言葉が
あったはずだと調べて、何とか
逡巡(しゅんじゅん)まで辿り着いたり。

子供に分かるのだろうか、逡巡。
しかし、敢えてこの言葉なのだろう。
日常会話にはなかなか出てこない
書き言葉というか文学的な匂いがちょっとする。

「行こう チケットなんかいらない
 行き先は自由」
というフレーズが耳に残る。
頭の中で宮本浩次が歌っている。

色々と思いを巡らせながら、これが
今のエレファントカシマシなんだなと
噛み締めながら聴いている。

やはりいいなと思う。



エレカシの曲は風のようでもある。
30年前から吹いている
この世を漂っている風である。

背中を押される人もいる。
何十年も追いかける人もいる。
気がつかない人もいる。
ある日、気がつく人もいる。

相変わらず、内向きな生活の中で
エレカシの曲をあれこれ聴いている。
30年分の曲や映像やインタビューを
ランダムに追っていると、もはや迷宮。

エレカシの曲を聴いて元気づけられ
「明日も頑張ろう」と思えるような
健全な人生はとっくに見失ってしまった。

「さあ頑張ろうぜ」と歌っていても
ああ、今日も誰かを励ましているんだろうなと
他人事のように感じてしまう。

それでも今、エレカシが好きなのは
エレカシを追い求めてしまうのは
そこに何かがあるのだろう。

今の時代、ネットがあれば
情報も得られるし、買い物も出来るし
娯楽も足りるし、やり取りも出来る。

しかし、部屋の中には風が吹かない。
やがて空気が淀み始める。

エレカシの曲はいつも風が吹いている。
優しい風から爆風まで。
エレカシの曲が風を運んでくる。

風の気持ち良さを感じる。
風の儚さを感じる。
風を感じる。

今日もエレファントカシマシという名の
風に吹かれている。

その先に何があるのかは、まだわからない。



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