suicide bambi

パンクロックからお笑いまで、気になることを気まぐれに。

真夜中のヒーロー

4月頃にエレカシについて書いた記事が、思いのほか読まれているようで嬉しいやら恥ずかしいやら。

(17/4/18)
エレファントカシマシを聴いている


今さらエレカシを好きになって、わかったようなこと書いてんじゃねえ!と怒られたり、こっそり笑われてたりするのでは…と思っていたら、好意的に読んでくれている人が多いようで良かった。

エレカシについて書いたのは、確か日曜の朝だった。眠れなくて朝までエレカシの曲をあれこれ聴いていて、「歴史前夜」に辿り着いて心が震えて、ロックに酔ったような妙なテンションになりながら、7時間近くエレカシについて思いを巡らせながら夢中で書いていた。気がついたら昼だった。どうかしている。

4月は本当にエレカシばかり聴いていて、年に数回書く程度だった日記を頻繁にノートに書いていた。エレカシっていいよね!と今さら誰に言えるわけでもなく、行き場のない言葉が溢れていたのだと思う。まだブログに書く前、4月2日の日記にこう書かれていた。

《昔好きだった曲が懐かしくて、聴いてなかった頃の曲を色々聴くのも楽しくて、最近の曲がまた良かったりして、頭の中でエレカシの曲がグルグルしている。2017年のエレカシはこんなにもいいのか。自分は勝手なリスナーだ。ちゃんとしたファンじゃない。それでも音楽はいつだって平等に聴こえてくる。》

この日から見る見るうちにエレカシにハマっていく。ひっそりと、しかし確実に。

7月になり、今現在、ハマっている曲は「真夜中のヒーロー」だ。エレカシの突き抜けた感じの爽快な曲も好きだが、ちょっと沈んだ感じのダウナーな曲もいい。モヤモヤして、イライラして、何かをぶっ壊したくなる衝動を振り切るようにボリュームを上げて、夜明けが来るまで「真夜中のヒーロー」を聴いてまどろんでいる。

「今宵の月のように」の頃が97年で、「真夜中のヒーロー」は99年の曲らしい。

「町の星空に孤独な誓いをたてるだろう
俺がヒーローさ いつだってオレが
くだらねえ日々を シャレたふりでそっとすり抜ける
いつの日か全てを
真夜中のヒーロー 抱きしめるさ」


俺がヒーロー、くだらねえ日々をすり抜ける。そう歌う。歌詞を噛み締めると、何とも言えずグッとくる。

好きなミュージシャンをヒーローだと言うのは気恥ずかしいが、自分の中には昔から理屈抜きで格好良いと思ってしまう、三大ロック憧れがある。甲本ヒロト、チバユウスケ、浅井健一。それに宮本浩次が加わり、四大ロック憧れになるかもしれない。

好きなバンドが増えるのはいいことだ。
CSで録画したエレカシのライブを観て酔いしれた後、ふとクロマニヨンズのライブを続けて観たら、これがまたいい。最近は惰性で聴いていたような気がするクロマニヨンズの曲がくっきりと、新鮮に聴こえて、こんなにシンプルでカッコいいロックンロールだったんだと改めて感じられる。

世の中には色んなロックバンドの形がある。
ストーンズみたいなロックバンドになりたかったのに、「四月の風」や「今宵の月のように」の頃には、イメージしていたロックバンド像とは全然かけ離れたものになっていた…と宮本浩次は語っていた。

まさかストーンズみたいなバンドを目指していたとは思ってなかった。エレカシについて少しは知っているようで、何も知らなかった。バンドのルーツの話を聞くのは興味深く面白い。エレカシはとにかくインタビューを読んだり聞いたりするのが楽しい。そのうちに苦しい胸の内も見えてくる。


【チュートリアルの徳ダネ福キタル】17/3/17…エレファントカシマシ30周年・宮本浩次と30年の歴史を振り返る

【きくちから】17/3/23…宮本浩次(エレファントカシマシ)へきくちから

【V.I.P. ― エレファントカシマシ ―】17/3/26…デビュー30周年 インタビュー


エレカシの苦悩と進化の歴史こそが、エレカシの音楽性と可能性を広げて、魅力的なバンドにしているのがわかってくる。そして、どんなにポップな印象の曲を歌っていたとしても、やはりエレカシは紛れもないロックバンドなんだということを。

自分がエレカシについてそれほど的外れなことを書いていないとするなら、それは今まで好きで聴いてきたロックバンドと通じるものがあって、ロックに対する根っこの部分は同じだからなのではないかと思う。

以前 書いた「ロックンロールは、今が全てで、今を生きる、今が一番であるもの」だという考え方は、ヒロトがよく言っていることである。

「宮本浩次は今が一番 格好良い」と思ってしまう根底にあるのは、ロックンロールなのか何なのか。言葉では説明しがたい圧倒的な何かを感じるからかもしれない。逆になぜ今まで気づかなかったのだろうというくらい、宮本浩次は全身からそれを放っている気がする。

それはエレカシの音楽を聴いていてももちろん感じるし、歌詞のない仮歌のメロディでも、歌詞が飛んでいても感じる。歌詞の良さこそがエレカシだと思っていたのに、もはや歌詞がなくても良いという。

本人も言っていたが、やはり宮本浩次の「歌」自体の持つ力が物凄いのだと思う。「どれをやっても本物じゃない」「でも歌は本物なんです」と自ら言い切る。自信じゃなくて確信だ。

凄い人を「天才」だと言って片付けるのはあまり好きじゃない。でも、この人は本物だと思う。宮本浩次は「本物」の人なんだと思う。……いや、やはり、一言では片付けられない。安易な言葉を使って言い表した気になるのは良くない。言葉を探して、今日もまた迷宮入り。

「勉強オレ」という曲が好きだ。最初はインパクトのある歌詞にやられたが、繰り返し聴いているうちにどんどん引き込まれて中毒のようになってくる。考え込んで、こんがらがってきて、でも思考停止にはなるまい。

エレカシを勉強しようとは思わないが
エレカシを探究したいと思う。

考えるのはいいが 考えすぎだ。
ライブに行こう。

ホール公演は好きじゃない。しかし、6月にピーズの武道館ライブに行ったら凄く楽しかった。スタンディングじゃなくても楽しかった。今だ!と思ってエレカシの大宮公演の先行に申し込んでみたが外れてしまった。勢いで申し込んだスピッツの武道館に当たった。8月に初めてスピッツのライブを観に行く。

エレカシについて散々書いてきて
スピッツのライブに行きますというオチ。
自分でもビックリしている。

エレカシもスピッツもピーズも
それぞれの形で30周年を迎えている。

ミッシェルが解散した頃、人生もういいかな…と思っていた。ことあるごとにそう思ってきた。そんな大袈裟な憂鬱にまみれた人生でも、2017年まで生きてきたのは正解だろう。

どんな人生、どんな形でも
2017年を生きているのは正解だ。

エレカシのライブに行くのは
死ぬまでの宿題だ。



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