suicide bambi

パンクロックからお笑いまで、気になることを気まぐれに。

夏の憂鬱

この世のどこかでは
フェスなるものがやっているらしい。


それが日本でも海外でも
もはや全て、異国の話のようだ。

ツイッターでライブレポを見る。
すげーなぁ、いいなぁと思いながら
おとぎ話を聞くように受け流して
感情を封じ込める。

自分もかつては
幕張や越後湯沢や石狩に行って
なんだか楽しかったような気もするが
それも遠い記憶の中だ。

もうフェスなんか一生行けない気がする。
あの時、行けたことの方が異常に思えてくる。
まあ大袈裟だけど。

ここ数年、夏のこの時期になると
毎年こんなことを書いている気がする。

フェスに行けるか行けないかなんて
本当は自分次第でどうにでもなるはずで。
つまり、どうにもならない人生に
なってしまったということだ。

インドア気質の人間からしたら
本来フェスは対極にあるものだったんだと
改めて気づいて、目の前が軽く歪む。

夏なんか全部、気のせいだ。
浮かれている奴らごと、きっと幻だ。
遠い遠い、逃げ水のようなものだ。
やり過ごせ、やり過ごせ。

自分にそう言い聞かせて
今日もラジオと音楽で耳を塞ぐ。

夏と言えば、
ハイロウズを聴いてにこにこしたり。
ピーズを聴いて溶けかかったり。
フジファブリックを聴いて感傷に耽ったり。

そして今年は、
エレカシを聴いて考え込んでいる。

何を考えているのか。
きっとこの世にはまるで関係のない
ちっぽけでくだらないことだ。

いつも風が吹いている
いつも戦っている
いつも出かけていく
いつも明日に向かっていく
エレカシの曲を

風の吹かない部屋の中で
今日も戦うことなく
出かけることもなく
明日から目を背けながら
ただ聴いている。

それは滑稽で純粋で不思議な光景。

希望の歌は全部、すり抜けていく。
救われてはいけない気がする。
たまに怒られている気がする。
それでも聴いてしまう。

今は「かけだす男」を何度も聴いて
かけてゆく男を何度も見送って
結局、ずっと同じ場所にいる。

フェスなんか行けなくて当たり前さ。
夢見た瞬間から忘れてしまえばいい。

夏の憂鬱は
ベタベタとまとわりついて
生ぬるい風のように漂っている。



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